1.はじめに
相続時精算課税制度は、特定の親から子・祖父母から孫の間で選択できる贈与税の課税制度です。
この制度は①財産の贈与時には、贈与額2500万円までは特別控除により課税されず、それを超える金額の贈与には20%の税率で課税され、②その後、その贈与をした親や祖父母の相続開始時には、相続時精算課税で贈与を受けた財産を、相続又は遺贈により取得した財産に加算、その合計金額を基に計算した相続税額から既に支払った相続時精算課税に係る贈与税類を控除した金額を納付する(贈与税額が相続税額を上回る場合には還付を受ける)ことになります。
令和5年度税制改正では、110万円の基礎控除が創設され、以前に比べ令和6年1月1日以後の贈与では使い勝手がよくなりました。
国税庁の報道発表資料「令和6年分の所得税等、消費税及び贈与税の確定申告状況等について」によると、改正後の令和6年中の贈与について、相続時精算課税制度を適用して申告した人は約8万人、前年に比べ59.2%も増加しました。
しかし相続時精算課税制度には、注意すべき点もあります。たとえば、相続時精算課税制度の適用を始めた年以降、基礎控除を超える贈与は無申告でも相続財産に取り込まれる点です。特に対価を支払わないで、又は著しく低い価額の対価で利益を受けたとされる「みなし贈与」についても、相続財産に加算される点が要注意といえます。
2.みなし贈与が相続財産に加算された裁判例
たとえば最近の事例では、平成21年の親子間で行われた借地権設定に際し本来授受されるべき権利金相当を授受をせず、同年暮れに同親子間で現金贈与をして現金贈与のみ相続時精算課税制度で贈与税の申告していたケースで、後年、授受しなかった借地権の権利金相当額につき税務署から「みなし贈与」と認定され借地権を贈与した被相続人の相続財産になるとした事例があります(東京高裁令和7年6月26日判決)。
判決によると、問題になったのは、平成21年に被相続人とその子である相続人2人の間で結ばれた借地権設定契約です。相続人は被相続人の土地の上に建物を建てようと、平成21年7月に建築会社と建築工事請負契約を締結していました。借地権設定契約は同年中に結ばれたものでしたが、この土地がある地域では借地権設定に伴い権利金等の一時金の授受する取引慣行があったのに、相続人は、被相続人に権利金などの一時金を支払わなかったといいます。
平成21年の現金610万円の贈与については、翌年に相続時精算課税の選択をして贈与税の申告をしていましたが、借地権の経済的利益は申告しませんでした。
3.相続が開始した後に…
その後、令和の時代になって相続が開始。相続人は相続税の申告でも借地権相当額を相続財産に加算しませんでした。
ところが税務署は、一人当たり2400万円弱に上る「みなし贈与」に当たる借地権の経済的利益(借地権相当額)のほか、満期保険金や現金の申告漏れを把握し、修正申告を勧めてきました。
けれども相続人は申告漏れのあった満期保険金や現金を相続財産に加算して修正申告、借地権の経済的利益については加算しませんでした。申告漏れによる贈与税の追徴が10年以上もなったからです。しかし税務署は、借地権の経済的利益を“相続財産”に加算して追徴したため最終的に裁判に発展したのです。
4.裁判所の判断
一審の東京地裁はまず、借地権の経済的利益について「相続時精算課税選択届出書に係る財産の贈与を受けた平成21年中に、対価を支払うことなく本件借地権相当額の経済的利益を受けた」から、「当該経済的利益を贈与により取得したものとみなされる(相続税法9条)」と認定。そのため「借地権相当額は、特定贈与者(被相続人)からの贈与により取得した財産として相続時精算課税の適用を受けるものであって、原告らの贈与税の課税価格の計算の基礎に算入されるものに該当する」とし「借地権相当額は、本件相続税の課税価格に加算されるべきもの」と判断していました。
東京高裁は一審判決を引用・支持したうえ、相続時精算課税が適用される財産について「当該取得の日の属する年分の贈与税の課税価格計算の基礎に算入されるもの」(相続税法21条の15)とされており、その対象から「贈与税の更正決定等の期間制限を経過した贈与を除外しているとはいえない」と説示し、贈与税の更正処分等の除斥期間経過で、相続時精算課税の適用される相続財産に加算されないとする相続人の主張を退けています。