建築
【Special Interview】歴史的資源を事業に変える、回復と再生のまちづくり

バリューマネジメント株式会社
代表取締役 他力野 淳氏(左)
野村不動産ソリューションズ株式会社
常務執行役員 原田 真治(右)
歴史的資源を活かし、地域の未来をつくる観光まちづくりに迫る対談の後編です。分散型ホテルをはじめとする事業を通じて、歴史的建造物の保存と地域経済の活性化の両立に挑んできたバリューマネジメント株式会社。他力野 淳社長は、その実践の先にどのようなまちづくりの可能性を描いているのでしょうか。野村不動産ソリューションズ常務執行役員の原田真治が、地域の価値を共創する未来について、さらに掘り下げます。
※本記事は2026年5月時点の情報をもとに執筆しています
「分散型ホテル」のイメージ図。地域に点在する歴史的建造物を保存して価値を守りながら、まちの中にフロントやレストラン、客室などの個別機能を分配し、まち全体で一つのホテルとみなす。
北海道・函館市のヘリテージホテル国指定重要文化財である「旧相馬家住宅」を再生
鳥取県・倉吉市のヘリテージ・リトリート宿鳥取県指定保護文化財の「小川家住宅」を再生
有形から無形へ、「風」に見る哲学
原田 海外、特に欧州などでは、古い建物やまちなみを残すという文化が歴史的に根付いていると思います。この日本と欧州などとの違いを他力野社長は、どうとらえていますか?
他力野 前提として、まず日本が戦後の焼け野原から復活するには、スクラップ&ビルドが必要だったと思います。先人たちの努力には、感謝しかありません。しかし、日本は本来、保存に関しては世界でも類を見ないほどの力を持つ国だと思っています。1,300年前に建立された法隆寺は、現存する世界最古の木造建築物ですよね。伊勢神宮の式年遷宮は、20年ごとに同じ技法で建て替えることで、建物だけでなく技術そのものを未来へつなぐ営みです。建物そのものに加え、その背後にある技術や思想まで大切に受け継いでいこうとする姿勢に、日本の良さがあるのではないでしょうか。
一方で、世界には古い建物を現代の技術で修復し、新品の姿に保ちながら残していくことを重視する国もあります。手を加えず、あるがままに保存することに価値を置く国もあります。これは、優劣の違いではありません。残し方の哲学が異なるのだと、私はとらえています。
原田 そのように「保存する」「守る」という取り組みを重ねてきた御社が、2026年に入ってから2つの新ブランドを立ち上げられました。「Kazeno Heritage(かぜのヘリテージ)」「風の(かぜの)」と、どちらも「風」という言葉が含まれていますね。
「風の 倉吉」が開業する鳥取県倉吉市の旧市街江戸時代から明治時代にかけて建てられた白壁の土蔵群が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定
他力野 これまでの私たちは建物を保存すること――土地の「風土」でいう「土」の有形部分にこだわってきました。建物を残すことで、まちへの愛着が残る。愛着があれば人は住み続ける。人が住み続ければ、文化が受け継がれていく。そう考えて「土」に向き合い続けてきたのです。
しかし、国を挙げて歴史的建造物を残す取り組みが推進されるようになった今、次のフェーズに進むべきだと考えました。それが土地の上にある「風」、つまり目に見えない無形の文化です。風景、風習、風情、風味、風物詩……無形の文化を表す日本語には、不思議なほど「風」という一文字が含まれます。私たちが本当に守りたいのは、有形の建物の先にある「地域の人々が大切に紡いできた目に見えない価値」なのだと気付きました。建物やまちなみなどの有形物は、誰が見てもわかりやすい。一方、無形は人の価値観を通して感じるものですから、つかみどころがありません。入口は有形でもいい、その先にある無形の価値に触れていただきたい。そうした思いが日々強まるのを、自分でも感じていました。

「観光」は「光を観る」と書きます。観光の本質は、まさに「地域の光を観る」ことにあるのではないかと。そこから「土地が紡ぐ風を届ける」というコンセプトが生まれ、「Kazeno Heritage」ブランドシリーズにつながりました。「風の」の後には地名が入ります。あえて「風の」で止めているのは、余白を届けたいからです。風に続く先は、その土地を訪れた方ご自身に感じ取っていただければと。そういう余白を大切にしています。
函館・倉吉の実装モデルが示す「参加型の地域再生」
▲北海道函館市「旧相馬家 Kazeno Heritage」国指定重要文化財「旧相馬家住宅」を保存・利活用原田 「風」を届けるモデルケースが、北海道函館市の「旧相馬家 Kazeno Heritage」と鳥取県倉吉市の「風の 倉吉」ですね。どちらもまちのシンボルともいえる、貴重な文化財を保存・利活用されています。現実では、やはりさまざまな難しさもあったのではないでしょうか。合意形成や資金調達の面においては、どのように進められたのですか?
他力野 函館の「旧相馬家住宅」は、函館の近代化を支えた豪商の邸宅で、国の重要文化財です。函館は何度か歴史的な大火に見舞われてきましたが、そのたびに寄付や活動を通じてまちの再興を担ってきたのが相馬家でした。この「旧相馬家住宅」をずっと守ってきたのは、実は国でも行政でもなく、地域の方でした。相馬家から受け継いだ函館市民の方が私財を投じて維持してこられたのですが、ご高齢になり「次の世代にこの重さを引き継がせるのは忍びない」と、私たちにお声がけくださったのです。
「旧相馬家」は明治41年築の国指定重要文化財この貴重な資産を残すため、不動産特定共同事業法の3号・4号の枠組みを活用し、クラウドファンディング型の不動産ファンドを組成しました。よく「ふるさと納税は?」と聞かれるのですが、残念ながら、ふるさと納税は自分の住む自治体には使えないのです。しかし、不動産ファンドであれば、地元の方にも投資という形でご参加いただける。1万円から投資可能で、利回りは4%。地元貢献にもつながる投資商品として「みんなで残していくまちづくりに参加しましょう」と呼びかけた結果、初年度は想定以上の2億数千万円が集まりました。地元企業や個人の方々にも多くご参加いただいています。
原田 地域の方々が「投資」という形でまちづくりに関われる仕組みなのですね。倉吉のほうはいかがでしょうか?
他力野 鳥取県倉吉市は、1,000年以上にわたり政庁機能を担ってきた歴史あるまちです。地域自体が重要伝統的建造物群保存地区に指定されていて、さらにその中でも「まちの顔」である「小川家住宅」という屋敷をお預かりすることになりました。もともと酒蔵などを営んでおられた場所で、文化財として非常に良い状態で残っていたのです。
この文化財をどう保存・活用して収益を生み出していくか、地元の方々や文化財の専門チームとじっくり協議を重ねました。連携協定を結んだのが2021年ですから、足掛け5年ほどになります。保存と活用の両立に向けた協議だけで、2年を要しました。
歩調を合わせピースを埋める、地域・行政との共創
原田 倉吉の事例では、思いが形になるまで足掛け5年を要したと。保存と活用を両立させるには、やはりそれだけ丁寧な対話が必要になるのですね。そうした取り組みを地域の方々と一緒に進めていく中で、他力野社長が特に大切にされていることは何でしょうか?
他力野 最も大切なのは、その地域の方々が大切にしているものを尊重することです。地方には「少し高いとしても、この方から買いたい」というような、合理性だけでは測れない価値観や信頼関係があります。そうした関係性が、その土地で暮らし続ける大切な理由の一つにもなっています。その価値観に敬意を払いたい。
また、地域の方々の歩調に合わせることも大切です。地域には地域のスピードがあり、進むべきときもあれば、立ち止まるべきときもある。その歩調に合わせて伴走していくのが、私たちの役割だと考えています。

原田 実際に形にしていくには、行政や専門家など、さまざまな立場の方々と力を合わせていく必要があるのではないでしょうか。
他力野 おっしゃるとおりです。まちづくりは、一つの主体だけで完成するものではありません。ジグソーパズルに例えると、1枚の絵を完成させていく中で、地域にはどうしても足りないピースというものがあるんですね。私たちは、その足りない部分を埋めていく役割を担っています。一度にすべてを埋めることはできませんから、地域の皆さんと相談しながら順番を決め、一つずつ確実に進めていく。一つの地域を無理に急がせるのではなく、全国で複数のプロジェクトを並走させ、それぞれの地域で熟してきたところから形にしていくようにしています。
原田 官民連携のあり方も重要になってきそうですね。お互いの役割を理解し、補い合う「共創」の思想が一つのポイントとなりそうです。
他力野 まさにそうです。官と民では、そもそもの役割や制約が異なります。民間は事業者としてリスクを取る立場ですが、行政は税金をもとにサービスを提供する以上、公平性や透明性が保たれなければなりません。その違いを理解しあうために、私たちは国や自治体にも社員を出向させています。行政の現場にある課題や制約を理解したうえで、民間として補える部分を見つけていく。それぞれの立場でできることを持ち寄りながら足りない部分を補い合うのが、本当の意味での官民連携なのだととらえています。
地域価値を未来へ紡ぐ、回復と再生の観光
原田 地域の方々が大切にしてきたものを尊重し、その歩調に合わせながら官と民が役割を持ち寄って、全員で地域の価値を未来へ紡いでいく。「残す」「保存する」ということは、未来をつくることでもあるのだと、改めて実感しました。最後に、他力野社長が見据える未来について聞かせてください。
他力野 私たちは10年単位でビジョンを描いていますが、現在のフェーズでは大きく三つの目標を掲げています。一つ目は、地方消滅危機への対策として、「自立して生き残るまち」をつくること。現状維持のままでは、どうしても限界が見えてしまいます。観光を起爆剤にして自ら稼ぎ、再生・進化していくというリジェネラティブなまちづくりを実現したいのです。具体的な一歩として、愛媛県大洲市で地域の金融機関や自治体と連携した新たなまちづくりの枠組みを始動しました。
二つ目は、地域の宝を持続可能な形で未来へ残す仕組みを確立することです。重要文化財に限らず、博物館や美術館、神社仏閣、城郭など、地域にとって大切な文化施設の多くは、収益面で厳しい状況にあります。上野の国立科学博物館がクラウドファンディングで8億円を集めたことが話題になりましたが、あの規模の施設でもそうした状況にあるのですから。
三つ目は、定性的で測りづらい無形の文化や人々の思いを、どのように未来へ残し、受け継いでいくかという挑戦です。そのためにも、観光によるお金の流れを一時的な消費で完結させず、地域の資産として積み上げられていく形を模索したい。旅を通じて地域が回復し、再生していく好循環をつくることができれば、訪れる人と地域がともに本来の姿を取り戻していくような、新しい旅の形に変わっていくのではないでしょうか。
原田 有形の建物を守り抜く思想から、無形の文化を紡ぎ、地域を回復・再生へと導く「リジェネラティブなまちづくり」への進化。日本の未来に向けた希望のメッセージを、しっかりと受け止めました。貴重なお話をありがとうございました。
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前編・後編にわたり、バリューマネジメント株式会社・他力野社長との対談をお届けしました。歴史的資源とビジネスを融合させた同社の挑戦は、人口減少社会に直面する日本において、地方創生の希望を感じられる対談となりました。
本記事が今後の貴社の意思決定において、一つの指針となれば幸いです。
提供:リサーチ・コンサルティング部
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