建築
建設コストと「労務費の基準」に関する最新動向 2025秋

国内の建設市場は現在、コストのさらなる上昇が続いています。
半導体工場やデータセンターなど大型プロジェクトが進行し、建設投資額は約75.6兆円に達する見込みですが、建築費指数は東京(事務所RC造)で前年同月比約5%上昇するなど、コスト増が事業計画に大きな影響を与えています。特に労務費は人手不足や働き方改革を背景に上昇が続いています。国土交通省はこの度、技能者の処遇改善を目的に「労務費の基準」を策定し、12月に公表予定です。
本レポートでは、建設コスト及び労務費の基準に関する最新動向を整理し、今後の見通しについて確認します。
【サマリー】
- 建設コストは高止まりが続いており、直近では東京の事務所(RC造)は140.5(前年同月比+5.0%)となりました。半導体工場やデータセンターなど大型プロジェクトが進行し、2025年度の建設投資額は約75兆円を超える一方、コストの高騰により、計画延期や中止が増加しています。
- 労務費は人手不足と処遇改善を背景に上昇、国交省が「労務費基準」を策定することとなりました。技能者の賃金確保を目的に、12月に14職種の基準値を公表する方針です。公共工事だけではなく、民間工事も適用対象となるため、今後も労務費の高騰は避けられない状況といえます。
- 高騰し続けるコストに対応するため、発注者側では、CM(コンストラクションマネジメント)業務によるコスト管理の重要性が一層高まるでしょう。また、受注者側では、人手不足と高騰する労務費への対応として、建設ロボットや省人化工法の導入、デジタルツールによる効率化が不可欠といえます。
Ⅰ.建設コスト全般の動向
ⅰ.建築費指数の動向
国内の建設コストはさらなる上昇が続いています。建築費指数をみると、東京の事務所(RC造1)は140.5と、前年同月比で約5.0%上昇しました。特に大阪では大阪・関西万博関連工事の影響で顕著な上昇が見られました。集合住宅(RC造)も同様に各エリアにおいて上昇しています。
【図表1】建築費指数の推移(工事原価、2015=100)


出所:(一財)建設物価調査会「建設物価 建築費指数」より野村不動産ソリューションズ作成
半導体工場やデータセンター建設など、大型プロジェクトが全国的に進行しており、2025年度の建設投資額は約75.6兆円となる見通しです。さらに、防災・減災や国土強靭化対策など、政府による公共投資も増加傾向にあり、建設市場の底堅さを支えています。
1 Reinforced Concrete = 鉄筋コンクリート造
ⅱ.労務費、資材費の動向
(Ⅰ)労務費

労務単価も上昇傾向が顕著で、2025年の公共工事設計労務単価は前年比で約5%引き上げられました。背景には深刻な人手不足や時間外労働規制の強化、技能者の確保難といった課題があります。2025年9月の建設業の雇用人員判断DIは-60と、業界全体で人材不足が深刻化していることを示しています。
業界では人手不足対応のため様々な取り組みが進められております。省人化工法やプレキャスト部材の活用などによる現場作業時間の削減、ICTやAIによる工程管理の導入による効率化、技能者確保のため、給与等処遇改善や週休二日制の導入などです。特に、給与水準については改正建設業法により、「労務費の基準」が設けられることとなり、本年12月から施行予定です。詳細については第二章にて説明します。
(Ⅱ)合板

合板価格は2022年夏をピークに下落し、2024年末に下げ止まりました。以降は横ばいの状況が続いています。しかしながら、国産合板は価格上昇が続いており、構造用や型枠用合板の店頭価格は強含みです。輸入材は円安の影響もあり、米材が横ばい、欧州材は在庫増で弱含み、北洋材は入荷減少で供給不安が残ります。国産材の生産調整もあり、短期的な需給改善は見込みにくい状況で、需給が逼迫する可能性もあるため、今後も注視が必要といえます。
(Ⅲ)熱間圧延鋼材

建設用鋼材の需給は低迷しており、熱間圧延鋼材の建築費指数も2024年夏をピークに下落基調が続いています。直近の1年間では東京都で約8%下落しました。今後は、再開発案件などの大型プロジェクトが需要回復の鍵ともいえますが、建設コストの高騰等から工事の見直しや中止も増加しており、RC造着工床面積も10%以上減少していることから、引き続き厳しい状況が続くと考えられます。一方で材料費の高騰や、脱炭素素材の研究開発費増を背景に、価格がコロナ禍以前と同水準まで下落することは難しいといえそうです。
(Ⅳ)生コンクリート

生コンクリート市場は全国的に需要減少が続き、2025年度の需要は過去最低水準となる見込みです。東京地区では再開発需要が底堅く推移していますが、コスト増による事業の見直しや延期、人手不足や時間外労働規制による工事の遅延が発生し、出荷量は伸び悩んでいます。価格は原材料費や運搬費、人件費の上昇を背景に上昇基調で、各エリアにおいて過去最高値を更新しました。値上げはゼネコン側にも浸透し、旧契約分にも新価格が適用されるなど取引慣行の見直しが進んでいます。今後も価格上昇圧力は強く、需要低迷が続けば業界再編や工場集約が加速する可能性があります。
労務費、資材費の高騰により、事業費の膨張による計画の見直しや中止が相次いでいます。直近では、JR博多駅の空中都市プロジェクトが建設費の急騰により中止となりました。総事業費は当初想定の約2倍に膨れ上がり、採算が取れないと判断されたためです。埼玉県の順天堂大学新病院計画でも、事業費が当初見込みの約2.6倍に達し、建設断念に至っています。
今後も人手不足などから労務費の上昇圧力は続き、資材価格は国際市況や物流コストの影響で高止まりが予想されます。再開発や大型プロジェクトについて、計画延期や中止が増える恐れがあります。
Ⅱ.労務費に関する基準
ⅰ.基準策定の背景
出所:国土交通省「労務費に関する基準(案)の概要」より抜粋建設業界では、現場で働く技能労働者の慢性的な人手不足と高齢化が進み、処遇改善が急務となっています。特に、発注者と受注者、または元請と下請の間で行われる価格交渉や、元請間・下請間における受注競争の中で、技能者に適正な賃金が行き渡らない状況が長年続いてきました。そのため、建設技能者の賃金水準は、全産業労働者と比較すると約15%低い水準にとどまっています。
こうした課題を解決するため、国土交通省は改正建設業法に基づき、技能者の賃金水準を確保するための「労務費の基準」を策定することを決定しました。この基準は、単なる参考値ではなく、契約交渉の際に適正な労務費を確保するための指標として機能し、さらに行政指導の根拠としても活用される予定です。透明性を高め、技能者に適正な賃金が確実に届く仕組みを構築することで、建設業を持続可能性のあるものとすることを目標としています。
ⅱ.基準の概要
労務費の算出方法は次の通りとなる予定です。
適正な労務費=労務単価(円/人日)×歩掛(人日/施工単位)×必要な数量(施工量)
労務単価は国土交通省が毎年公表する「公共工事設計労務単価」を計算の基礎とし、歩掛2は原則として国土交通省直轄工事で用いられている歩掛を活用します。ただし、適切な歩掛がない場合は、公的機関で用いられている歩掛を活用することも可能です。なお、これまで歩掛の規定がなかった戸建住宅については、本年夏調査が実施され、この度新たに設定されることとなっています。
また、国土交通省では職種分野別に、本基準によって導き出される具体的な数値を「基準値」として設定し、価格交渉の参考指標として提示することを予定しており、まずは14職種3についての基準値が12月に公表されることとなっています。
出所:国土交通省「職種分野別の労務費の基準値(案)」より抜粋なお基準値は、標準的な規格・仕様を示すものであり、個々の契約では作業内容や施工条件を踏まえ、適正な補正を行う必要があります。また、基準値は、技能者の賃金相当分(法定福利費の個人負担分を含む)であり、法定福利費4の事業者負担分、安全衛生経費等5労務費以外の経費は含まれない点に留意が必要です。
2 単位量当たりの作業を行うのに必要な労力
3 型枠、鉄筋、住宅分野、左官、電工、とび、空調衛生、土工、鉄骨、潜かん、切断穿孔、橋梁、警備、造園
4 法定福利費とは、企業が法律で義務付けられている福利厚生に関する費用のことで、主に従業員の社会保険料や労働保険料などが該当します
5 安全衛生経費とは、企業が従業員の安全と健康を守るために必要な費用のことで、労働安全衛生法などの法令に基づき、職場環境の整備や健康管理を行うために使われます。
ⅲ.課題と今後の見通し
労務費基準の策定は業界にとって重要な一歩といえますが、いくつかの課題が残されています。
まず一つに、民間工事への適用が広がるかどうかです。公共工事では従前より公共工事設計労務単価が活用されてきましたが、民間工事では適正な労務費を示す明確な指標がなく、技能者への賃金確保が不十分な状況でした。本基準策定後は、民間工事においても末端の下請業者まで適正な労務費が行き渡るかどうか、その実効性が最大の課題となります。
次に、実務への定着に時間がかかる可能性があります。基準の内容を理解し、見積書や契約内容へ適切に反映するためには、受注者側の知識習得や業務プロセスの見直しが必要であり、特に中小企業や一人親方では対応が遅れる懸念があります。
最後に、労務費の基準と現場実態の乖離リスクが挙げられます。基準は標準的な歩掛や単価を前提としていますが、現場の条件や工法などにより、実際の労務費と乖離する可能性があります。この乖離が長期間放置されてしまうと、基準自体の信頼性が揺らぐ可能性があります。
こうした課題に対応するため、以下の対策が予定されています。(一部は既に実行済み)
| 対策 | 内容 |
|---|---|
| 労務費等を内訳明示した見積書の作成、普及 | 中小事業者や、一人親方が従来見積書提出慣行のない者を含め、労務費等を内訳明示した見積書の作成により、適正な労務費を確保する。また、元請・下請間、下請・下請間でも同見積書を作成する |
| 自主宣言制度の導入 | 適正な労務費の確保、および適切な経費等を支払う優良事業者が競争上評価され、不利益にならぬよう仕組みの構築 |
| 必要経費の取り扱いの明確化 | 労務費の確保にあたり、労務費以外の経費のしわ寄せを防ぐため、法定福利費の事業主負担分等が適正と認められる原価に加え確保を求める経費見積書における内訳明示対象と位置付け、著しく低額での見積もり等を禁止 |
| コミットメント制度の運用(任意) | 適正な労務費・賃金等の支払いを受注者のみに委ねるのではなく、契約当事者間でもその支払い状況等が確認できるよう、標準請負契約約款に「コツト条項」を導入し、労務費・賃金等の支払いに関する透明情報開示を行う |
| 建設Gメンによる調査等の実施 国土交通省による悪質事業者の公表 |
著しく低い労務費等による見積もりを行う事業者に対し、適切にペナルティを課すことができるよう、見積書等について一定の義務付けや「駆け込みホットライン」等による情報収集を行い、ダンピング疑いのある契約を効率的に抽出。また調査の結果、悪質な態様が認められる事業者の見える化を実施 |
また、国土交通省はアジャイル型運用を採用し、基準を柔軟に見直す方針です。現場からのフィードバックを迅速に反映し、仕様や水準を改善することで、基準の実効性を高める狙いがあります。その他、デジタルツールの活用も不可欠です。CCUS(建設キャリアップシステム)などのデータを利用し、技能者の実績や賃金情報を反映することでより精微な管理が可能となるでしょう。
建設業界としても、新たな見積書作成といった手間は発生する一方、高騰する労務費について発注者側への説明が容易になり、値上げ分を認めてもらいやすくなると考えられます。
Ⅲ.まとめ
以上、建設コストの高騰と労務費の基準について確認しました。
国内の建設コストは高止まりが続いています。半導体工場やデータセンター建設など大型プロジェクトが進行し、2025年度の建設投資額は約75.6兆円と見込まれます。一方で、資材費や労務費の高騰が事業計画に大きな影響を与えており、再開発などの中止や延期が増加しています。特に労務費は人手不足と技能者の処遇改善を背景に、直近3年間で毎年約5%ずつ上昇していますが、それにも関わらず、今後も減少する技能者への対応が十分に進んでいない状況です。
こうした課題に対し、国土交通省は「労務費の基準」を策定し、12月に14職種の基準値を公表する方針です。適正労務費の確保は、賃金の原資を削る受注競争から脱却し、技術力を軸とした健全な競争環境を実現するための重要な取り組みといえます。
一方で、民間工事では労務費をまずは公共工事並みに引き上げる必要があり、さらなるコスト増が避けられない状況といえます。既に事業の見送りや延期が多発する中、発注者がさらなる価格上昇を受け入れられるかどうかは、今後注視が必要です。発注者側では、CM(コンストラクションマネジメント)業務によるコスト管理の重要性が一層高まるでしょう。
また、受注者側では、人手不足と高騰する労務費への対応として、建設ロボットや省人化工法の導入、デジタルツールによる効率化が不可欠といえます。今後は、基準の柔軟な見直しと現場への定着を進めることで、技能者の適正賃金の確保と業界の持続可能性を高めることが期待されます。
提供:法人営業本部 リサーチ・コンサルティング部
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