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何故アジアの富裕層は日本(東京)の不動産に投資するのか?その現場から見えてくるもの

近年、東京都心部の不動産に投資するアジアの富裕層の姿が目立っています。彼らはどのような考えや嗜好で日本の不動産を買っているのでしょうか。実際の現場から見えてくる大きな潮流をお伝えします。
Ⅰ.アジアの投資家が東京へ不動産や絵画を買いにやって来る
今、アジアの富裕層、別の表現をするならば東南アジアに住む華僑の方々が東京都心の不動産を盛んに購入しています。
私自身、そういった現場に立ち会うことが増えましたし、また私の周辺からも同じような状況が少なからず伝わってきます。
このアジアの富裕層が買っているのは、どうやら不動産だけではないようです。ある時、東京銀座にある老舗有名画廊に立ち寄った折に、その画廊の奥の部屋に通していただいたことがありました。その部屋には、なんと「ルオー」と「シャガール」といった有名画家の絵が掛けてあったのです。
画廊の方曰く 「絵への投資は今やブームのようです。インフレ対策にもなりますし、有事の際は持ち運べます」とおっしゃいました。更には「特に西洋の有名絵画が人気です」と。

なるほど。インフレの時代には「名画」も「金」と同様にある一定の需要があるのではないかと思いました。更に私が「どんな方が購入しているのですか?」とお聞きすると「近年は、中国系の方が増えました」と。
かつて、骨董業界の方に伺い、中国系の方々が日本中の骨董屋さんで中国の書画骨董を積極的に買い集めている事実は知っていました。それは、自国の度重なる戦乱や植民地支配によって流失してしまった国の宝を買い戻そうといったことのようでした。しかし、現在では世界的に有名な西洋画を求める傾向が強いようです。「世界のどこへ行っても換金性が高い」のが理由です。彼らは、日本で購入した有名絵画を日本で投資したビルやマンションへ置いておくのだそうです。都心の不動産と有名絵画、非常に興味深い組み合わせだと感じました。
Ⅱ.アジアからの投資家の投資傾向
次に彼らの日本における不動産投資について、どのような特徴があるかを解説したいと思います。外国人投資家は、概ね日本における土地勘がない故に「分かり易い場所」に投資するといった傾向があります。郊外で割安だから投資するといった事例はあまり見られません。日本人投資家であっても、できれば東京都心の名前の通ったエリアで投資したいといったお考えの方は多いのですが、外国人投資家は、その傾向がより強いようです。
一例を挙げて、彼らの投資嗜好の特徴を解説したいと思います。これは実例ですが、ある台湾の投資家が文京区本郷にあるビルに即断即決で投資をしたことがありました。
東京において土地勘があり、事務所ビルの事情に詳しい投資家であれば、果たして文京区本郷での賃貸需要はどれほど強いのか?とか、このエリアにおいて事務所の賃料水準は上昇傾向にあるか、それともその逆であるのか?といったことが気になる点だと思われます。しかし、この投資家は場所と建物だけを見て投資を即断しました。何故そこまでこの不動産を気に入ったのかと言えば、その一番の理由は、その事務所ビルが東京大学の目の前の物件だったからなのです。
つまり東京大学は台湾の方にも非常に分かり易い有名な施設なのです。日本一の大学であることは台湾の方も知っており、更には場所も山手線の内側、それも東京のほぼ中心部に存在します。この点が彼らにとって非常に魅力的に映りかつ分かり易かったようです。

この投資事例は、華僑を中心とした外国人投資家の傾向をよく物語っていると思います。因みに、彼ら(個人経営の中小企業のオーナーや資産家)の不動産投資における予算は一物件当たり数億円から約20億円といったところです。
Ⅲ.東京の不動産が選ばれる理由
さて近年、何故こういった東南アジアの富裕層が積極的に日本の不動産に投資するようになったのでしょうか。
その一つとして自国よりも、より自由な経済活動が可能な日本を選び、その中で、効率的に投資を行う場所として選んでいるのが、東京であるということが言えるでしょう。
彼らが海外、特に日本へ資産を移す(投資する)理由を細かくみていきたいと思います。
(Ⅰ)リスク分散の観点から
富裕層が日本へ盛んに投資していると言っても、全ての資産を日本一カ所へ振り分けているのではありません。当然リスク分散の観点から、自国での投資、更にはオーストラリアや米国、ヨーロッパ、そして日本へと各々が分散投資をしています。
これは、日本人の株式投資家が国内の株式だけでなく、S&P500や諸外国の株式、またはゴールド等へ分散投資している理由と同じです。
そして、特に日本へ投資の理由としては、
(Ⅱ)地理的な近さ
例えば、香港から日本への飛行時間は直行便で約4時間です。台湾からですと約3時間となります。この物理的な近さは不動産へ投資する上で非常に重要となります。仮に何かトラブルが起こった場合に駆けつける際、米国大陸やヨーロッパに比べてこの絶対的な距離の近さは魅力です。
(Ⅲ)地政学的(政治的・社会的)、経済的な安定性
日本という国は戦後、政治の安定性という意味においては、他の周辺アジア諸国に比べ非常に安定していると言えるでしょう。
1945年の終戦以降、これまで約80年、大きな革命や政府が転覆するような事件は一度も起きていません。不幸にも天変地変は度々起こりましたが、自国民が内戦や戦争によって死に追いやられることも起きていません。こういった平和な時代が80年以上続いていることは、周辺のアジア諸国から見ますと非常に政治が安定しているとなるのです。同時に自由主義経済も戦後80年維持されているといった点にも安心感があるのです。
(Ⅳ)円安効果
現在、対ドルに対して円安が続いているだけではなく、あらゆる通貨に対しても円安の状態にあります。よって、現在日本へ大勢の外国人旅行者が訪れ、かつ買い物をしていくのです。これと同じ理由で、日本の不動産が(円高の時代に比べ、または欧米諸国の不動産に比べ)相対的に安いと感じているようです。
(Ⅴ)税制、その他関連法の安定性
日本では、不動産関連の税法やその他法律がしっかり整備がなされている点や、今後においても(時の政府の都合で)大きく変化することはないであろうといった安心感があります。
(Ⅵ)完全なる所有権での投資
ある国では、全ての土地は国有地であり、国民は(所有期間が定められた)借地権の売買(所有)しか認められていません。その点、日本においては完全なる所有権での購入が可能です。この違いは大きいと言えます。日本の登記制度は、世界有数の堅固なものであり、第3者が勝手に書き換えることは不可能です。こういった点も日本では当たり前のことですが、アジアの投資家からは評価されている点です。
(Ⅶ)文化とライフスタイルの魅力
日本という国に対して文化的な魅力を感じ、日本のライフスタイルに憧れをもつアジア諸国の人々は少なくありません。その結果が昨今のインバウンド客の訪日数に表れています。憧れの対象である国において不動産を保有することは、実利以外での魅力もあるようです。

Ⅳ.今後も続く日本への投資
アジア諸国の富裕層や投資家にとって、日本(東京)への不動産投資は少なくともアジアにおいては人気度及び優先順位は上位です。実際に不動産ビジネスの現場においても、台湾を筆頭に華僑の方々、中国本土の方が東京の事務所ビル等の不動産へ投資したという事例が非常に増えています。そして今や東京都心だけでなく、地方のリゾートホテルや島に投資をした事例も少なくありません。
以上のように日本(東京)への投資は、実に複合的な理由によって行われています。地政学上の問題だけでなく、円安効果、自国との距離、換金性の高さ、完璧な不動産登記制度、政治の安定性、人口の集積度等々、総合的に見て日本(東京)の不動産が選ばれる時代はしばらく続きそうです。
長谷川 高(はせがわ たかし)
株式会社長谷川不動産経済社代表

東京都立川市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。株式会社長谷川不動産経済社代表。大手デベロッパーにてビル・ マンション企画開発事業、都市開発事業に携わったのち、1996年に独立。以来一貫して個人・法人の不動産と賃貸経営に関するコンサルティング、顧問業務を行う。顧問先は会社経営者から上場企業まで多数。一方、メディアへの出演や講演活動を通じて、不動産全般について誰にでも解り易く解説。 著書に『家を買いたくなったら』『はじめての不動産投資』(共にWAVE出版)、『厳しい時代を生き抜くための逆張り的投資術』(廣済堂出版) 『不動産2.0』(イースト・プレス)など。
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