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地方不動産の現状 ~海外からの投資がもたらす影響~

私は、職業柄、地方の不動産を長い間見てきました。講演や不動産の調査で訪れるのですが、その折にはできるだけ飛行機や新幹線を使わずに現地へ赴くようにしています。
このような仕事のやり方を25年以上続けて、現在では47都道府県、全ての都道府県に訪れました。地方都市以外の地方圏の不動産も各地で視察してきましたが、近年このような地域において(まだまだ一部の地域ではありますが)「海外からの投資」による実に大きな動きが起こっています。今回は「海外からの投資によって経済的な復活」を見せている地域として海外企業(TSMC)が進出した熊本県菊陽町周辺と海外投資家にとって魅力的なスキーリゾート地の現状を紹介していきたいと思います。
Ⅰ.TSMCの進出によってどのような変化、影響があったのか?
昨年末、熊本県菊陽町のTSMC(JASM)周辺を訪れました。
世界最大の半導体受託生産会社である台湾積体電路製造(TSMC)が熊本県菊陽町で大規模な工場を完成させた直後の訪問となりました。
JASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing株式会社)は、TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company Limited)が過半数を出資する日本における初めての子会社の名称です。
工場の敷地面積は約21万平方メートルと巨大なものです。

この工場が建設された菊陽町は、人口約4万3千人、熊本県の中部に位置します。熊本市の中心部まで約15kmの距離にあり、鉄道で20分、自動車で約30分です。元々、熊本市と隣接しているため、ベッドタウンとして近年人口が急増していました。この菊陽町の人口増加率は熊本県内の自治体としては最も高い数値を示しています。また、近年この周辺では地価も上昇もしており、町内の平均(公示地価)上昇率は、2024年1月1日時点において前年比13.02%上昇となりました。これは全国で6位の上昇率となります。また隣接の大津市の地価も2024年1月1日時点での地価上昇率が17.83%と全国1位です。
このTSMCの第1期工事は既に完了し、2024年12月に本格稼働が始まっています。現在の工場の隣接では二期工事が予定されており、この二期工事の敷地面積は約32万平方メートルと更に巨大なものとなっています。
現地に参りますと巨大な工場と社屋の隣接に、更に巨大な更地が整備されている状況です。TSMCへの投資額は約2兆9600億円と公表されています。これを日本政府が国策として支援しており、国として最大1兆2000億円の補助を行っています。近隣では東京エレクトロン九州熊本事業所やSONYグループのソニーセミコンダクタマヌファクチャリングも既に稼働中です。
Ⅱ.大きく様変わりする菊陽町
菊陽町を通る豊肥線(現在は単線)の複線化計画や新駅の計画も上がっています。
また、TSMCの最寄りの原水駅周辺(現在無人駅)では、自治体が、複数の民間企業と組んでの大規模区画整理事業が計画されています。
近隣の自治体に大型物流倉庫も建設されており、加えて、周辺ではビジネスホテル(東横イン等)の建設ラッシュが起きている状況です。その他賃貸マンションやアパートの建設も菊陽町や隣接の大津市で起こっています。正にTSMC効果と言ってよいでしょう。
朝晩はこのTSMCへ通う関係者によって、周辺の幹線道路の渋滞が発生、豊肥線でも車両が満員となっています。
その他、TSMC近隣には、既に熊本県立技術短期大学校が開校し、来年から熊本大学の大学院では半導体関連の博士課程が新設されるといったアカデミックな面においても変化が起こっています。
こういった新たな工場の進出により、地元菊陽町の税収は大幅に上がり、義務教育過程での全ての学校の給食費が無償になったようです。また地元で働く方々の賃金も上昇しています。
(google mapより)
新卒学生の就職先としても「熊本県出身の優秀な学生が東京や関西の大学や大学院卒業後に地元へ戻り就職しようと思っていても、その企業そのものが少なかった。しかし現在、東京や大阪に残ることなく、故郷に帰り(TSMC等)就職する者が増えてきた」といった声を聞きました。今も周辺に続々とホテルや飲食店も増え続けています。様々な職種における雇用の受け皿が増加しています。
当該地は、熊本空港からも約10キロ(車で13分程度)の位置にあります。
また、熊本空港から台北への航空便も日々運行されています。
この熊本空港の存在がTSMCの進出の決め手になったと言って良いかもしれません。
しかし、1980年代から1990年代に日本の各地に建設された地方空港は当初利用者が少なく、多くのマスコミによって「税金の無駄使い」と批判の対象とされました。
しかし、現在ではこういった地方の空港の存在が、地方再生の大きな手段になっている事実があります。
また、熊本では非常に豊富な地下水が流れています。熊本市の人口約73万7,000人の水道水は全てこの地下水で賄われています。
この豊富な地下水を使えることも、半導体製造には欠かせない要因でした。こう言った複合的な理由によりこの地が世界最大の半導体メーカーであるTSMCに選ばれたといえます。
私は、以前三重県四日市のシャープ・亀山工場周辺を視察したことがあります。当時は「世界の亀山工場」と言われましたが、規模の点や周辺の風景を一変させるという意味においても明らかにその規模の次元が異なっていると感じました。
Ⅲ.外国人投資家から見たリゾートとしての地方不動産の魅力
日本の地方の不動産を外国人が購入していることがニュースで報じられるようになったのは10年以上前からでしょうか。たしかに、2015年頃から訪日外国人は急増し、コロナ禍を挟み、今では、それを超える勢いにあります。それに合わせるように、日本全国の様々な観光地やリゾート地では、国内外から新たな投資が活発に行われています。
一例としてスキーリゾートを取り上げてみましょう。
上記のようなニュースが報じられる中、北海道のニセコがスキーリゾートとして、オーストラリアからの投資の対象になりました。この勢いは非常に激しいものがありました。現在ではオーストラリア以外の海外からの投資も増え、加えて日本の大手企業により開発されたホテルやビラも立ち並んでいます。同時に海外から多くの観光客が訪れるようになりました。今では世界的なスキーリゾートとしての地位は定まり、当然ながら現地では新たな雇用が生まれ、不動産の価値も上昇し、その地で働く方々の給与水準も非常に高いものとなっています。

Ⅳ.第二のニセコ現象が次々に起こっている
こういったニセコで起こったような現象が日本の他のリゾート地でも起こっています。
例えば、長野県の白馬村です。白馬村でもニセコ同様に、オーストラリアの投資家が老朽化した旅館やホテルを買収することから始まりました。その老朽化した建物を改築、修繕し、自国からの旅行者向けの宿泊施設として再オープンしたのです。2025年の冬、この白馬のスキー場で滑っている方の約6割から7割は外国からの旅行者のように思われます。
それもオーストラリアだけでなく、アジア系も含め世界中から観光客が訪れるようになりました。
現地では地元のカフェやレストランで出されるメニューも英語のみといったことが珍しくなくなり、飲食店もインバウンド対応にシフトしています。
統計によると2024年には、この白馬村を訪れた観光客は271万人に達しています。今や現在世界中から良質の雪を求めて世界中からスキー客が訪れているようです。

実は、こういった現象は、信州では白馬村だけではなく近傍の野沢温泉スキー場でも見られます。また、北海道では富良野、東北の岩手県安比高原スキー場も海外から資本によって大きく変わろうとしています。
この白馬村もニセコ同様に、一度は国内のスキーブームの終焉と若年層の人口減少により過疎化に向かうように見えました。実際、営業を辞めるホテルや旅館が出てきていたのです。しかし、日本の地方リゾートが、外国から見た場合「理想的な観光地」として再度見直され、投資先として選ばれ、復活しました。大小規模は異なりますが、こういった現象が日本各地で起こっています。
Ⅴ.海外の投資家が日本の観光地を再発見する
私自身、日本の至るところで感じることは、治安の良さ、町の美しさ(清潔さ)、人々のホスピタリティーの高さ(優しさや親切さ)、自然の豊かさ、医療や行政機関が存在するといったことです。
前述したように、日本への進出は、その地域やその外側地域の活性化にもつながり、リゾート地としての再生、復興の広がりは、京都や浅草等でのインバウンドによるオーバーツーリズムの解消にもつながりうるという意味において正に歓迎すべき21世紀の黒船的現象ではないでしょうか。

外国人から見ますと日本の地方には、まだまだ未開発や再生可能で魅力的な地域が存在しているのだと思われます。
政府では、2024年7月に観光立国推進閣僚会議で、2031年までに全国に35カ所ある国立公園で、高級リゾートホテルも含めて誘致を表明しています。これらにも国内外からの投資が期待されますが、地方への誘客とともに分散が進むことにも期待したいと思います。
長谷川 高(はせがわ たかし)
株式会社長谷川不動産経済社代表

東京都立川市生まれ。立教大学経済学部経済学科卒。株式会社長谷川不動産経済社代表。大手デベロッパーにてビル・ マンション企画開発事業、都市開発事業に携わったのち、1996年に独立。以来一貫して個人・法人の不動産と賃貸経営に関するコンサルティング、顧問業務を行う。顧問先は会社経営者から上場企業まで多数。一方、メディアへの出演や講演活動を通じて、不動産全般について誰にでも解り易く解説。 著書に『家を買いたくなったら』『はじめての不動産投資』(共にWAVE出版)、『厳しい時代を生き抜くための逆張り的投資術』(廣済堂出版) 『不動産2.0』(イースト・プレス)など。
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