【元麻布】江戸時代から連綿とつながる気品漂う住環境
元麻布周辺の風景港区のほぼ中央にある元麻布は閑静な住宅街が広がるエリアです。幕末の頃に日本で初めてとなる「アメリカ公使館」があったことをきっかけに、麻布エリアには今も多くの大使館が置かれるなど国際色も豊かな環境です。「六本木ヒルズ」や「麻布十番商店街」も徒歩圏内にあり、商業エリアも近く生活しやすい環境です。
「六本木ヒルズ」元麻布は、江戸時代には麻布村の中心地として栄え、武家屋敷や町屋がならぶ繁華街でした。「善福寺」や「長谷寺」などの古刹も点在しており、近代化する街並みの中にも文化、伝統を感じる建造物や文化遺産が残ります。外国公使館や迎賓館が建てられたことから元麻布には外国人が多い地域としても知られていて、街並みも特徴的です。
六本木や麻布十番など日本屈指の歓楽街がすぐ近くにありますが、喧騒から一線を画した静けさが漂う閑静な住宅街となっており、格式の高さが随所に感じられます。台地に谷が入り込んだ複雑な地形をしており、散策する楽しみを与えてくれるエリアです。
最寄り駅は東京メトロ南北線、都営大江戸線「麻布十番」駅です。東京メトロ南北線は「目黒」駅から「赤羽岩淵」駅を結び、「溜池山王」駅や「永田町」駅、「飯田橋」駅といったターミナル駅にもつながります。都営大江戸線を利用すれば「新宿」駅まで約12分と都内のみならず埼玉、千葉、神奈川と各方面へ出るのにも便利です。
元麻布方面を望む港区の中央に位置する元麻布エリアは、大都会東京の中心にありながら高層ビルではなく、低層建築物が多く落ち着いた住宅街が広がっています。そもそも麻布という地名は1559(永禄2)年の戦国大名小田原北条氏の軍役賦課台帳に阿佐布と記載されていたそうです。ただ、呼び名は「あざぶ」であっても記載される名称は安座部、浅府、浅生、麻生などさまざまで、麻布という漢字が固定されたのは1655(明暦元)年といわれています。
江戸時代、都心から少し離れた場所にあったことから麻布地区は、大名屋敷も別荘的な使われ方の多い下屋敷が広がっていました。幕末期にはアメリカ公使館ができ、開国当初は各国の公館が置かれました。今も麻布地区には48の大使館があり、国際色の豊かなエリアとなっています。明治時代には武家屋敷跡地が皇族や旧華族、政府高官の邸宅、新興財閥の住宅になりました。
1923(大正12)年の関東大震災で大きな被害がありましたが、復興後に高級住宅街としての地位を確立しました。高度成長期には周辺に外資系企業が集積し、現在は閑静で高級感のある住宅街となっています。
「有栖川宮記念公園」「有栖川宮記念公園」は元麻布周辺で自然を身近に感じられるスポットです。江戸時代は奥州南部藩の下屋敷でしたが、明治になり有栖川宮家の用地となりました。その後、1934(昭和9)年に有栖川宮を記念して公園として整備され一般に公開されるようになりました。
麻布台地の変化に富んだ地形を生かした自然は大都会のオアシスと呼ぶに相応しい環境です。四季の変化に合わせて春はサクラ、秋にはイチョウ、冬にはサザンカとさまざまな景色を見せてくれます。また、園内にはカモが生息していたり、春にはウグイス、夏には蝶やセミなどが訪れたり動物や昆虫もたくさんいます。池や丘や渓谷などを活かした林泉回遊式庭園は心に穏やかな癒しを与えてくれるでしょう。
1973(昭和48)年には園内に「都立中央図書館」が開館し、利用の幅が広がりました。国内の公立図書館としては最大級の蔵書数を誇り、閲覧サービスや調査研究への支援などのサービスを提供しています。
「麻布十番」駅の東側は小規模な土地利用や老朽化した木造建築物が多く残っており、防災面で課題を抱えていました。「古川」沿いの親水広場・歩道状空地等の整備により、安全かつ快適な複合市街地を形成することを目的とした再開発事業が進行中です。
A棟、B棟、C棟、オフィス棟の4つの建物が建築予定で、B棟は地上31階、塔屋2階、地下1階で総戸数527戸のタワーマンションです。C棟も同じく住宅で地上16階、塔屋1階、地下1階、総戸数は140戸となります。B棟、C棟は2028(令和10)年5月に竣工予定です。
A棟は164.37メートルでこの再開発では最高層の建物となります。地上42階、塔屋2階、地下1階のタワーマンションで、総戸数742戸です。オフィス棟は地上8階、地下1階で竣工は2029(令和11)年2月となっています。3つのタワーマンションができることで、街は更なる発展を遂げるでしょう。
- 掲載日
- 2026/03/31
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