PRODUCED BY 野村不動産ソリューションズ

【川口】都心への抜群なアクセス!人も集まり産業も発展する川口市

 
川口駅(川口総合文化センター・リリア)

川口市は市域の大部分が都心から10~20km圏内に含まれています。東京へダイレクトにアクセスできる京浜東北線のほか、南側の北区にある「赤羽岩淵」駅から東京メトロ南北線などに直通する埼玉高速鉄道、市の東西を結ぶ武蔵野線も走っており、都心だけでなく千葉・神奈川方面などへの通勤・通学も便利です。近年はマンションの建設が進み、都心近接のベッドタウンとして発展しています。

古くから鋳物などを中心とした工業や、植木などの都市近郊農業で栄えたことでも知られています。現在、工場などは郊外へ移転しその数を減らしていますが、園芸関係の施設は数多く残り、植木の街として外国人観光客にも人気です。

 

都心と接する地の利を活かした、産業の発達とベッドタウン化
川口駅前の街並み

川口市は埼玉県の南端に位置し、荒川を隔てて東京都に接しています。江戸時代は、日光御成街道の宿場「川口宿」や「鳩ヶ谷宿」が置かれていました。舟運・陸上交通の整備により商品の流通が盛んになり、数々の産業が起こりました。鋳物をはじめ植木や苗木、さらには織物や釣竿などの商品が作られ、ものづくりの町として栄えました。

人口60万人を超えた現在も、県下随一の生産都市として、「きらり川口 ゆめわ~く」をキャッチフレーズに発展を続けています。

近年は都心などへの通勤・通学の利便性が高いことから、ベッドタウン化も進んでいます。駅周辺は工場の郊外移転などによる遊休地が豊富です。元が工業地域だったため、都市計画上の規制が緩いことも手伝って、高層マンションが多く見られるエリアになっています。人口が増えるに従い、商業施設や文化施設も次々と誕生し、より暮らしやすく活気のある街へと進化を続けています。

 

『駅前も郊外も充実!川口市内の商業事情』
アリオ川口

「川口」駅周辺は、百貨店や商店街など古くから商業も栄えてきたエリアです。現在も「川口」駅の東側には地上10階建ての「かわぐちCASTY」が建ち、周辺には川口銀座商店街「樹モール」が延びています。また、「川口駅行政センター」や「川口中央図書館」など公共空間に加え、ショッピング施設も入る「キュポ・ラ」や「イート川口」などもあります。

さらに、近郊の工場跡地にもショッピングモールが次々と誕生しており、2000(平成12)年にはサイボー株式会社工場跡地に現在の「イオンモール川口前川」が、2008(平成20)年には川口金属工業跡地に「ララガーデン川口」が、2005(平成17)年にはサッポロビール埼玉工場跡地に「Ario川口」が開店しました。2021(令和3)年には「イオンモール川口」が以前の2倍の規模でリニューアルオープンし、買い物環境はますます充実しています。

川口銀座商店街「樹モール」の東側には、2023(令和5)年3月に地下2階、地上28階の「プラウドタワー川口クロス」が誕生しました。481戸の共同住宅を中心に、低層階には商業施設や事務所、医療施設、子育て支援施設などが整備されています。

 

都心に向かって張り巡らされる鉄道網と便利な幹線道路
川口駅

川口市内を走るJR京浜東北線は1932(昭和7)年に「赤羽」駅から「大宮」駅まで延伸、JR武蔵野線は1973(昭和48)年に開業と長い歴史があります。JR京浜東北線は、「大宮」駅方面と「東京」駅、「横浜」駅方面へのアクセスが可能で本数も多く、通勤・通学には欠かせない路線となっています。またJR武蔵野線は、東京都心を取り囲むように走っており、東京都心を通らずに神奈川方面や千葉方面へアクセスできます。

これだけでも十分便利な鉄道網ですが、2001(平成13)年には埼玉高速鉄道が開業し、鉄道の駅がなかった川口市の東部エリアに「戸塚安行」駅と「新井宿」駅が、鳩ヶ谷エリアに「鳩ヶ谷」駅と「南鳩ヶ谷」駅が、川口市街エリアの東側に「川口元郷」駅が新設され、これまで以上に便利になりました。また、埼玉高速鉄道は東京メトロ南北線を経由し東急目黒線「日吉」駅まで直通運転も行っているので、「四ツ谷」駅や「永田町」駅など東京都心部に乗り換えなしでアクセスできます。

道路では、国道122号などの幹線道路や首都高速川口線、東北自動車道などが利用しやすいうえ、都心から約15kmの位置で東京を取り巻くように走る「東京外かく環状道路」は今後もさまざまな高速道路などと接続する計画があり、益々便利になることが期待されています。

 

『「キューポラ」のある街、川口』
川口緑化センター

川口市を舞台とした映画『キューポラのある街』は、1962(昭和37)年に公開された青春映画で、主人公を演じた吉永小百合は、その年のブルーリボン賞で主演女優賞を獲得し、話題になりました。

「キューポラ」とは鋳物をつくるために鉄を溶かす溶銑炉で、鋳物産業が発達した川口市では、その特徴的な煙突が工場の屋根上に多数見られました。

川口エリアでの鋳物製造の歴史は非常に古く、発祥は千年ほど前に遡るともいわれています。江戸時代には農閑期の副業として行われました。鍋、釜などのほか大砲や砲弾などが造られ、隣接する江戸で需要が高まったため、その舟運に恵まれていた川口市ではますます鋳物産業が発展していきました。

現在は、都心への便利さからベッドタウン化が進み住民も増えたこともあり、郊外への移転などをした工場も多く、川口市内で操業する工場は減っています。

川口の鋳物と言えば東京オリンピックの聖火台でも有名になりました。川口市で鋳物工場を営んでいた職人、鈴木萬之助氏が挑戦し、三男の文吾氏らが引き継いで完成させた話は今でも語り継がれています。

 

安行ブランドとして全国に知られる植木・花き

承応年間(1652~1655年)に安行の吉田権之丞が植木や苗木の栽培を始めたといわれています。1657(明暦3)年に江戸大火が発生して焼野原となった際には、江戸へ植木や草花を供給しました。

現在川口市内には、熱帯植物が一年中観察できる大温室や一年を通してさまざまな展示を行っている展示館のほか、バードセンター・スイセイ温室・観賞温室・花菖蒲園等のある「川口市立グリーンセンター」や、2,000種類以上の植物を展示するほか植木・果樹苗木などの生産出荷の指導・盆栽等の輸出振興等を行っている「埼玉県花と緑の振興センター」など、園芸や植木に関する施設が多く設けられています。

緑化の展示会や講習会の開催、安行産の植木・鉢花・園芸資材の販売などを行う「川口緑化センター樹里安」や、セリを中心とした植木の流通拠点「川口市営植物取引センター」の中にある「植木直売所」などでは、一般の人も購入できるので、ガーデニングに興味がある人におすすめです。また、川口市の呼びかけで「都市農業サミット」を開催するなど植木の街としての役割も大きく担っています。

掲載日
2026/03/31

本記事は、(株)ココロマチ が情報収集し、作成したものです。記事の内容・情報に関しては、調査時点のもので変更の可能性があります。

このエリアの店舗不動産の購入や売却についてのご相談は、お気軽にスタッフまでお申し付けください
  • 野村の仲介川口センター
    0120-757-080(通話無料・携帯もOK)

    営業時間 : 10:00~18:00

    定休日 : 火曜日・水曜日

    店舗情報はこちら
このエリアのノムコムおすすめ!マンション
マンションデータPlus より
プラウドタワー川口クロス
京浜東北・根岸線「川口」駅
ザ・パークハウス川口本町
京浜東北・根岸線「川口」駅
プラウドタワー川口クロス
京浜東北・根岸線「川口」駅
ブランズ川口幸町
京浜東北・根岸線「川口」駅
パークホームズ川口 ザ レジデンス
京浜東北・根岸線「川口」駅