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2019.12.26

逆風の中の革命児たち~恵比寿ガーデンプレイス再開発プロジェクト(Vol.2)

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バブル崩壊後に進められた三大再開発事業「恵比寿ガーデンプレイス再開発プロジェクト(サッポロビール)」

既に役割を終えたビール工場がヒップでクールな街に変化する。今ではごく当たり前になっている。でも、当たり前だと思うことを、「いや待てよ?」と考えてみると、そこから多くの学びを得ることができたりする。

残念ながらこの再開発事業もバブル崩壊の影響を強く受けなければならなかった。1994年にメインのマンションとなる恵比寿ガーデンテラス壱番館が竣工している。もちろんバブル崩壊の影響が強かった時期であるから、高額物件の売れ行きは鈍かった。

また、当時はデフレが大きな社会問題になっていた。金融機関は担保とした不動産の価値が著しく減少したため、多くの債権が不良化した。デフレはすぐに終わるという雰囲気がなんとなく出始めたのが1994年という年であった。

当時は都心回帰が新築マンション市場で急激に起こったため、一時的にマンション価格が下げ止まったように見えたのである。しかし1995年以降もマンション価格、地価ともに大きな下落が続く。

「高額なマンションを保有しても価格が下がるだけ」

このような考え方が支配的であった。不動産が資産として見做されなくなった。これはバブルを生きた人間にとってはすぐに受け入れがたい価値観であり、「資産」というメニューから不動産を外すべきなのか、大いに迷った資産家も多かった。しかし社会では「不動産は保有から利用へ」というのがスローガン化された。

にもかかわらず、恵比寿ガーデンテラス壱番館は好評であった。大きな逆風という環境は「大川端リバーシティ21プロジェクト」と変わらない。大きく違うのは当時、住宅ローン金利が政策的に徐々に下げられていたため、年々住宅ローン金利が低下していたことぐらいであろう。結果的に見ると私はこのマンションの購入者は、ある意味で不器用で、自身の「財産リスト」から不動産を、特にマンションを外すことが最後までできなかった人たちなのだろうと想像する。

上のグラフは東京23区の中古マンションの平均坪単価推移である。中古マンションの価格(坪単価)は2001年の167.6万円で一度底を打って以降反転する。2004年と2005年も連続で下落するがその後再び反転上昇に転じ、一時期の調整局面(リーマン・ショックと東日本大震災による下落)を除けば、ほぼ上昇を続けている。

将来的なことはわからないのが世の常である。日本における相対的な東京都への人口集中が進んだため、東京のマンション価格は上昇を続けている。現在マンションを資産として見ていない人はほぼいないと言っても良い状況だ。実需層もマンションの資産性を重視し駅近や都心へのアクセス重視の消費行動を取る時代となっている。

恵比寿ガーデンテラス壱番館の価格推移を平均坪単価で見ると、1999年以降中古事例が複数出るようになるが1999年から2001年にかけても依然として東京都はデフレ期であったにも拘わらず、この物件からは新築分譲時の坪単価507.4万円を上回る坪単価で売りが出ている。

リーマン・ショック後に一時分譲時の坪単価を下回る水準で推移したものの、2015年以降は再び分譲時の坪単価水準を上回るようになり、現在は坪600万円を超える水準で推移している。既に1994年の分譲・竣工から25年の月日を経ている。築25年を超えて分譲時よりも20%以上の高値で流通するまさにヴィンテージマンションである。

大川端リバーシティ21と恵比寿ガーデンプレイスの再開発における最大の違いは、恵比寿ガーデンプレイスが巨大な複合型再開発であったことである。既に開店していた「恵比寿三越」はエリアのステイタスを向上させるのに大きな存在であったし、これらの開発に伴って次々と出店していく高級レストランやホテルが、恵比寿駅から10分以上離れた工場跡地を眠らない街に変えたのである。

井出武(いで・たけし)

井出武(いで・たけし)

1964年東京生まれ。89年マンションの業界団体に入社、以降不動産市場の調査・分析、団体活動に従事、01年株式会社東京カンテイ入社、現在市場調査部上席主任研究員、不動産マーケットの調査・研究、講演業務等を行う。

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