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2019.02.26

分譲マンション、最初で最後のモダニズム建築「中銀カプセルタワービル」

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銀座8丁目にそびえ立つ「中銀カプセルタワービル」は1971年5月に着工、1972年4月に竣工した黒川紀章の作品である。作品と言ってしまえるマンションはそう多くはないのだが、このマンションは最も奇抜であり、最も"プログレッシブ"なマンションであった。その存在意義は今なお色褪せることがないのに、今建て替えか、保存かで論争になっている。

今回は分譲マンションの長い歴史の中にあって、特異な存在であり、ある意味では他の追随を許さない唯一無二の存在である「中銀カプセルタワービル」を取り上げよう。書くべきテーマは「この種のマンションはなぜ消えたのか」である。

「中銀カプセルタワービル」全景
(分譲:中銀マンシオン、施工:大成建設)

「中銀カプセルタワービル」は未だに買いたい、住みたいという人がウエイティングをしている人気物件であるが、分譲当時の価格表を確認すると1ユニットの価格は380万円から480万円程度であった。土地は中銀マンシオン所有で60年の借地権、専有面積は全室10m2(内法面積は8.86m2)で、1990年にはバブル期の価格上昇で平均4,052万円まで価格が上昇している。10m2が4,052万円だとすると坪単価は1,399.4万円となる。非常に狭い物件であるが、銀座8丁目という立地も手伝ってかなり高額で取引されていたことがわかる(東京カンテイ調べ)。

●「中銀カプセルタワービル」の分譲当時の価格表(一部抜粋)

ここ数年(2013年以降)では地価の上昇に伴って若干中古価格の上昇が見られるものの、かなりお手頃の価格になっているが、さすがに「築50年近い物件」の感は否めない(東京カンテイ調べ)。今年で築47年になるのでマンションとしての耐用年数も尽きかけようとしているのか、にわかに建替の話が出たのが12年前の2006年。現在は保存運動も起きている。建築の大家の作品なので、氏が生きていたら建替に反対しているだろう(実際に生前は反対運動に参加している)

このマンションは建築家・黒川紀章の「メタボリズム」運動を具現化する作品としての性格を持つ。この「メタボリズム」とは何か。「新陳代謝」を意味するこの言葉について、黒川紀章は著書『行動建築論 メタボリズムの美学』の中で、
「建築の成長を可能視するためには、あらかじめ敷地や空間に余地を残しておくことも必要」※1
「建築とは(情報)流動のかたちである」※2
「建築、それは完成のその直後から変化し、動くものである」※3
「空間における新陳代謝(メタボリズム)概念の導入は、(中略)自然主義的な建築の進化論も破壊することによって、人間の主体性を確立するところに意図があった」※4
と繰り返している。やがて死ぬ建築物が自然に逆らっていつまでも生き続けることによって、建物の寿命に人間の生活が左右されない建築を目指すものであった。

「メタボリズム」は黒川紀章から始まった考え方ではない。建築家・菊竹清訓は著書『代謝建築論 か・かた・かたち』の中で、機能性自体が時代や住む人・使う人によって変わっていくのであれば、形態も変容していくべきであると考えた※5。当然の帰結として「究極的には、建築は動くもの、交換できるもの、循環するものにしてしまうのであろう。そしてついには、建築は生き物として規定しようとするであろう。これが代謝できる環境の装置という定義につながるものである」※6という、"死なない建築物"としての「メタボリズム」が成立したと言える。

「中銀カプセルタワービル」に戻ろう。

このマンションがメタボリズムの結晶であるという評価を得ている一方で、カプセルが大きな地震に見舞われたときに落下するのではないかという周辺からの懸念が存在している※7。分譲マンションでは唯一無二の存在であることに間違いはないが、大衆性を獲得したかと言えばそれは微妙である。

この物件が世に出た1972年は今とは相当に時代背景が違うことも考慮しなければならない。ある種の奇抜さが個性に限りなく近かった時代の熱い作品であると表現できるのではないか。その時代の感性を強く取り入れている。しかしその時代が去ってしまったらどうだろうか。

マンションなどの建築物に限らずあらゆるものは、一度陳腐化するという試練を経た後に時代が進むことによって、ヴィンテージ性の獲得に至ることが多いのではないか。これは私の考え方である。たとえば流行音楽も同じ傾向が見られる。流行が去った後、しばらくはその音楽は「流行遅れ」のレッテルを貼られながらひっそりと生きていくことになる。この間、良いものは残り、そうでないものは消えてしまう。しかし、さらに時代が進むと若い世代から古い時代の再評価が起こり、「古典」や「ヴィンテージ」と呼ばれるものが出てくるのである。

このマンションも同様の過程を経て現在は限られた、しかし感性の鋭い人たちには依然として心を揺さぶるものになっている。若い世代に支持者が多いことも、若い世代による再評価が進んだ結果である※8。今でもこのマンションの中で、さまざまな動画を撮影するアーティストは多い(ミュージシャンもいる)。デザイン面だけで見るとこのマンションは年をとっていないばかりか時代が前に進むたびに、未来を指向して、輝きを増しているようにも見える。

住まいとしての「中銀カプセルタワービル」はどうだろうか。あるいは、マンションとしてはどうか。専有面積はすべてのカプセル・ユニットともに同じ10m2(内法面積は8.86m2)である。カプセルの大きさは、工場で生産後に運搬する際の(当時の)道路交通法の制限によって決まってしまったと言われている。この大きさが法律上のMAXであった。これ以上大きなカプセルは作れなかったのである※9

1991年のバブル崩壊以降、ワンルームマンションの専有面積は居住性を高めるために広くなっていく。2000年頃にはワンルームマンションの専有面積は20m2を超え、現在はほとんどの東京23区の行政区でワンルーム規制の条例等が導入されているため、平均専有面積は25m2を超えてさらに拡大している。たが、このカプセルは10m2である。キッチンがついていない。洗濯機置き場は想定外だ。コンシェルジュ・サービスが導入されていたから不要だったのだ。

そもそもこのマンションは銀座8丁目という立地から、ビジネスマンのセカンドオフィスとして利用も考えられていた。また24時間戦うビジネス戦士(この表現は古さが抜けない)のための空間であるから、このマンションをワンルームマンションと呼ぶのは間違えているのである。だが中央区の条例から見ればこの作品はすでにいささか狭すぎる、明らかなワンルームマンションなのだから。再建築は難しいだろう。

「メタボリズム」思想からの逸脱も指摘されなければならない。実際の新陳代謝は起こっていないのである。建築当初想定していたカプセルの増殖、つまりカプセルの追加による増築、老朽程度に合わせたカプセルの交換はただの一度もない※10。つまり、代謝していないのである。カプセルはすべて築47年というかなりの高齢になっている。

元々備え付けとして最新型が導入されたテレビや電話はすでにレトロ感を盛り上げるオブジェと化している。埋め込み型のテレビユニットやオープンリール型のレコーダー、電話機(オプション)などはさまざまな理由ですでに使えるものではない。

セカンドオフィスなら家賃を払う必要がない時代になった。雨漏り、空調の不作動、風呂はお湯が出ない、エレベーターの不調、虫害等々。お世辞にも代謝しているとは言えない。老化が極まり、明らかに建替が必要なレベルである※11

●当時のカタログに掲載がある当時最先端の設備機器

大規模修繕は一度も行われていない。修繕は「メタボリズム」にはない概念なのだろう。古いことに意味があるのか、変わらないから価値があるのか、住んでいる人の考え方が反映しているのかもしれない。各所痛んでいる。増築には区分所有法の制限が、建替は現在の建築基準法に阻まれているのかもしれない。ヴィンテージ性と老朽化の狭間でジレンマに陥っている。

メタボリズムを含め建築のモダニズム、ポストモダン、これらは70年代を通じて衰退していくことになることになるが、ゆえに敗北したと決めつけることはできないだろう。

公共建築物や商業ビルの分野においては、丹下健三作品である西新宿の東京都庁舎に代表されるように、80年代、90年代以降も力を発揮し続けた。丹下だけではない。モダニズムの第一人者と呼ばれた前川國男、芦原義信、内井昭蔵、磯崎新、20世紀後半は彼らの時代だった。そして今も大きく花開き続けているのだ。

しかし、分譲マンションの分野ではモダニズム建築は「中銀カプセルタワービル」が最初で最後の作品となってしまった。その後のデザイナーズマンションに与えた影響は計り知れないが、これらのマンションの多くは分譲ではなく賃貸マンションとして市場に出てきている。その意味においてもこの種のマンションは分譲にはなじまないと言える。

分譲マンションはその後の中古市場における流通性も重要である。特定の人を強く引きつけるマンションは、市場としてはニッチなものなってしまうために、一般性、大衆性が最優先される市場からは歓迎されない。デザイン面はどうしても大きな冒険を避ける傾向が出てきてしまう。これは残念なことである。

また、大物建築家の設計した住宅やオフィスなどの作品でしばしば聞かれる「実際には使いにくい」という問題(特に一戸建て住宅)も、モダニズム建築が残した課題ではないだろうか。好きな人は好きという。だが機能性を犠牲にするデザイン重視の考え方は、結果として大衆に浸透することを難しくしたと考えられないだろうか。

最後に建築家・黒川紀章について言及しなければならない。「中銀カプセルタワービル」は黒川紀章作品の一つに過ぎない。多くの公共・商業建築物が彼の設計によって建築され今も輝いている。それだけではない、氏の著作から、現代社会が大きく省みるべき示唆に富んだアイデアを今なお得ることができる。将来週休3日制になることを前提にした「第一の週と第二の週」の考え方は、まさに現在のマルチハビテーションを先取りした考えだ※12

「道の建築」も氏の先見性を強く表している※13。道はかつて人にとってのコミュニケーションの場となっていた。しかしクルマの普及により、道は人のものからクルマのものに変わってしまったことが都市の不幸である。黒川紀章の著作『建築論』『建築論II』は、氏の死後も決して死んでいない。

もし、建替ということになったとき「中銀カプセルタワービル」は代謝せず死ぬことになる。黒川の思想から外れる形で。しかし、あくまで私論だが、それはそれでよいと思うのだ。そこには、死ぬことによってのみ可能な"代謝"が存在するということなのだ。黒川自身が言っている「建築家が後世に残すべきものは建築物そのものではなく思想である」※14。このマンションで設置されたカプセルは、現在北浦和公園に展示されている。

●北浦和公園に設置された「中銀カプセルタワービル」のカプセル

参考文献
※1 黒川紀章著『復刻版行動建築論 メタボリズムの美学』(彰国社)14ページ
※2 同上107ページ
※3 同上141ページ
※4 同上158ページ
※5 菊竹清訓著『復刻版代謝建築論 か・かた・かたち』(彰国社)25ページ
※6 同上199ページ
※7 中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト編集『中銀カプセルタワービル 銀座の白い箱船』(青月堂)121ページ
※8 同上121ページ
※9 同上117ページ
※10 同上43ページ
※11 同上89ページ
※12 黒川紀章著『復刻版行動建築論 メタボリズムの美学』(彰国社)255ページ
※13 黒川紀章著『建築論 日本的空間へ』(鹿島出版会)218ページ
※14 内井昭蔵監修『モダニズム建築の奇跡 60年代のアヴァンギャルド』(INAX出版)306ページ
僭越ながら敬称は省略いたしました。

井出武(いで・たけし)

井出武(いで・たけし)

1964年東京生まれ。89年マンションの業界団体に入社、以降不動産市場の調査・分析、団体活動に従事、01年株式会社東京カンテイ入社、現在市場調査部上席主任研究員、不動産マーケットの調査・研究、講演業務等を行う。

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