家ココチ[Vol.16] 親子孫のココチ 「ずっと住み継ぐ家の良さ」

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7/17 家ココチ[Vol.16] 親子孫のココチ 「ずっと住み継ぐ家の良さ」
築80年のコンクリート造の学生寮を、マンションとして再生するという試みが実現しています。東京・本郷の求道学舎。浄土真宗の僧侶「近角常観氏」が依頼し、著名な建築家「武田五一氏」が設計したその建物を、常観氏の孫に当たる近角真一さんは、古き良きたたずまいと風格を残しながら、現代人が快適に住みこなせる住戸として、見事に復活させました。住まいを受け継ぎ、住みつなぐための斬新な工夫と、再生後の姿を訪ねます。

Profile / プロフィール

求道学舎(きゅうどうがくしゃ)
1926年築。都内最古の鉄筋コンクリートの集合住宅。設計は大正・昭和初期を代表する建築家、武田五一氏。施主は浄土真宗の僧侶、近角常観氏で、学生寮として建てた。‘04年、建築家の近角真一さんと同夫人よう子さんが中心となり、歴史的に価値のあるこの建物を再生。定期借地権のコーポラティブハウス(組合方式で共同で土地を借り受け、個々に好みの注文を付加しながら造る集合住宅)として復活させた。住戸は全10戸。
近角真一(ちかずみ しんいち)
建築家。集工舎建築都市デザイン研究所代表。エコロジーや省エネの分野で評価の高い集合住宅を数多く手掛ける。
NEXT21、ふれっくすコート吉田ほか。
近角よう子(ちかずみ ようこ)
建築家。近角建築設計事務所代表。個人住宅の設計を中心に活動。
Himmelsblick、目白住宅残月の間ほか。

Kokochi01 文化財級の建物を住宅に再生

東大赤門からほど近い静かな住宅地に、求道学舎はあります。大正15年(最初は明治35年に木造の廃屋を利用。その後、震災で建て替え)、近角常観氏が人材育成のための学生寮として建てました。

まるで廃墟と化していたリノベーション前の外観。

設計は、近代建築(※1)の日本への導入者のひとり武田五一氏。ヨーロッパの最新様式を取り入れた白亜のモダンなつくりで、天井高が3メートルを超える端正で格調高いもの。現在では、都内最古の鉄筋コンクリート造の集合住宅であり、高い歴史的価値を持った建物です。
しかし、時代は移り変わり、学生寮のニーズもなくなり、いつしか朽ち果てた廃墟に……。

登録文化財として指定を受け、記念館にするなどの選択肢はありましたが、孫であり、建築家でもある近角真一さんは、別の道を考えました。
「壊してゴミにするのは簡単ですが、私も親族も、歴史的に意義のあるこの建物を保存、活用したかった。でも、文化財になると、そのままの状態で“残す”ということになってしまい、様々な制約が生まれます。ならばいっそ無指定のまま、現役の集合住宅としてよみがえらせたほうが、建物の価値を生かすことになるのではと考えたのです」。
※1近代建築・・・明治~昭和初期に建てられた、ヨーロッパのモダニズムのスタイルを受け継いだ建物。

調査をすると築80年近い建物とは思えないほど、コンクリート強度が高く、劣化している部分を取り除き、新たにコンクリート・鉄筋を投入すれば、新築同様の耐久性を回復できることが分かりました。

これをコーポラティブハウスという協同組合形式で改修することを考案。定期借地として、組合員が62年間借りた後に返すというスタイルにし、そこで集った資金をもとに、建物の性能が保持されるよう改修を行う。つまり、住人みんなで資金を出し合って、求道学舎を再生させ、今後62年間はここに住みながら建物の維持保全に努めるという方法です。
「こういう建物に理解のある人に集ってもらえるし、定期借地なのでリーズナブルな価格で都心に住めます。最初は年配の方が多いかと思っていましたが、実際は30~40代の若い方が集まったのが意外でした」。

住戸は全10戸。敷地内に当初からあるケヤキやヒマラヤスギも残す大プロジェクトはこうして誕生したのでした。

(左)元の天井高をそのまま生かした部屋。左の階段を上がると天窓から屋上に出られる。
(右)自由設計なのでセパレート式のバストイレも実現可能。

Kokochi02 古い住まいを受け継ぐための工夫

設計をしながら、近角さんらは改めて、武田氏の建築の完成度の高さを実感したといいます。
「近代建築というと、無装飾で合理性一辺倒の建築のように思われますが、実は武田五一の時代は、手仕事にこだわり細部を積み上げていく、人間くさい建築だったのです。関東大震災後の最新の耐震設計技術が投入され、一見、素っ気ないほど単純な平面なのですが、寸法の選択が実に的確で、改修設計は大変やりやすかったです」。

窓枠がアールになったアーチ窓、回廊、白しっくいの壁、高い天井――。武田五一氏が好んだといわれる素朴なミッション建築(※2)の設計手法があちこちに見てとれます。
とはいえ、経年の劣化は完全に修復せねばなりません。そこで、さびて爆裂した鉄筋をすべて、少しずつ削り出し、新たな鉄筋と交換して両端を溶接します。その上にアルカリ性回復溶液を塗って、吹き付けコンクリートを施し、さらにポリマーセメントモルタルを吹き付け、最後にもう一度、吹き付けコンクリートで形を整えました。今後62年間は安心して住める耐久力のある建物に再生されました。
「同じ頃に建てられた同潤会アパートは表参道ヒルズなどへ、どんどん建て替えられています。求道学舎のように保存活用され、今も住まいとして現役でいる例は他にはありません」。 ※2ミッション建築・・・スペインの宣教師たちがアメリカ大陸に渡って建設した教会・宿舎などからなる伝道所の建築物。

武田五一氏らしさが際立つアーチ窓は、素材を鉄からアルミサッシに変えてフォルムはそのまま生かした。
ドイツから輸入したタイルは昔のまま、共用廊下に使用。当時のヨーロッパの上質なデザインを今に伝える。

深い緑に包まれた3階建てに、単身者からファミリー世帯まで、広さの違う10の住戸。一歩、個人の住戸におじゃますると、住み手の好みが最大限反映された、モダンで個性的な空間が広がります。タイルのお風呂にシステムキッチン。乾燥機付き洗濯機は標準装備です。どんなに古くとも、利便性、快適性は妥協せず、住みやすい集合住宅を追求しないと、住み継ぐことはできません。そのため、エレベーターやインターネット環境も万全に。
「建てる前は、目の前に廃墟しかないのに、組合員の人たちはそれを見て購入を決めてくれた。できあがったときは、気に入ってもらえるのか心配でしたが、全員が喜んでくれたときは心からホッとしました」

Kokochi03 入居家族に赤ちゃんが誕生!

それぞれの事務所を求道学舎の敷地内に構える近角夫妻。
「この長く大変なプロジェクトを通して、1番嬉しかったことはなんですか?」
という問いかけに、真一さんは微笑みながらこう答えてくれました。

かつての玄関が今はポストに。広い窓のバルコニーは共用玄関に。

「完成してまもなく、入居された家族に赤ちゃんが生まれたことです。それは嬉しかったですねえ。この子が唯一、62年後にこのマンションの記憶を最初から持っている人になる。62年後には、求道学舎をその後どのように使っていくか、再び決断を迫られることになります。ああ、この子がその行く末を見届けてくれるんだなあと思ったら、何ともいえない感慨に包まれました。入居者はみな同じ気持ちだったと思いますよ」。

緑の木々が生い茂るこの小さな集合住宅で、62年という同じ舟に乗った仲間ならではの目に見えない絆が、ゆっくりと育まれているようです。
「なかには武田五一を知らない方もいます。住みながら、後から、『この部分はいいなあ』と気づくことがあったら、それでいい。古いものを大事にしながら、お隣さんと心を通わせ合って暮らす。そういうことを喜びに感じられる人が集まってくれて、本当によかったなあと思っています」。

壊さず、記念館にするのでもなく。求道学舎は、歴史的建物のこんな素敵で快適な受け継ぎ方もあるのだと、私たちに教えてくれます。

取材・文 大平一枝/暮らしの柄
写真 安部まゆみ