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2016.7.4
非居住者に支払う不動産譲渡対価の源泉徴収にご用心
Provided by 税理士法人タクトコンサルティング
株式会社タクトコンサルティング
1. はじめに
個人や法人が非居住者から土地や借地権などの権利、建物、付属設備などを買って譲渡対価を支払う場合には、原則として所得税等の源泉徴収をする義務が生じます(所得税法212条ほか)。ただ、最近は人の動きがグローバル化し、一見居住者に見える「非居住者」がいるようで、トラブルが生じることもあるようです。
2. トラブルとなった事例
トラブルになったのは、ある不動産業者が土地建物を個人から買うため、平成20年の決済時に支払った譲渡対価約7億6千万円に対する源泉徴収です。不動産業者は、個人(以下、仮にAさんとします)から買う契約に基づき、Aさんを居住者だとして、所得税の源泉徴収をせずに譲渡対価を支払っていました。というのも、契約等に際し確認した書類(Aさんの住宅兼事務所・貸駐車場である土地建物の登記事項証明書や印鑑証明書等)にAさんの住所として建物の所在地等が記載されていたほか、直接Aさんに確認した際、明確に国内居住者と述べており、支払いに対する課税関係の説明をした際にはAさんから疑義が述べられることもなかったからでした。
ところが後で税務署が調査したところ、Aさんは対価を受け取る際、米国に住居のある非居住者だったことが判明しました。このため税務署は不動産業者に対し所得税の源泉徴収がなされていないとして、源泉所得税を納めるよう納税告知処分をしました。不動産業者は納得できません。そこで不動産業者は、税務署を相手取って最終的に裁判で争うことにしました。不動産業者は、1.Aさんの住宅兼事務所は国内の居所であり、Aさんは居住者である、2.支払いの際の相手方が非居住者かどうかを確認すべき注意義務を負っていると解されるが、注意義務を尽くしてもなお相手方が非居住者であると確認できない場合は源泉徴収義務を負わないというべきなどと主張しました。
3. 裁判所の判断
東京地裁は、(i)Aさんが非居住者であるかどうかについて非居住者と認定し、不動産業者には源泉徴収義務があるとしたほか、(ii)Aさんが非居住者であるかどうかを確認すべき注意義務を不動産業者が尽くしたかどうかについて、尽くしたとはいえないから不動産業者の主張を採用することはできないと判断しています(平成28年5月19日判決)。ほかにも争点は有りますが、以下ではi及びiiに係る判断について述べます。
判断に当たり東京地裁は、非居住者について「居住者以外の個人をいう。」(所得税法2条1項5号)との規定、一方、居住者についても「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて 1年以上居所を有する個人をいう。」(同項3号)の規定を確認、「住所」の意義について「生活の本拠、すなわち、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指し、一定の場所がその者の住所に当たるか否かは,客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべき」とし、事実関係を確認しました。それによるとAさんは、(ア)渡米後、米国籍等を取得し、日本国内には米国発給の旅券で入国し、平成10年以降は日本の滞在期間は1年の半分にも満たないこと、(イ)平成12年に米国で住居を購入し、長男と同居していること等から、東京地裁は(i)について、Aさんの生活の本拠が米国にあり非居住者だったと認定しています。
なお、登記書類等の公的書類でAさんの住所として建物所在地の記載があったことにつき東京地裁は、Aさんが「日本国内に滞在している間は、自らの住所が建物所在地であるとして各種届出を行っていたものと推認することができる。しかしながら(中略)日本国内における滞在は1年の過半に満たなかったことに鑑みれば、Aが各種届出や書類作成において建物所在地を住所として取り扱っていたことをもって、建物所在地が、支払日の当時において、所得税法2条1項3号にいう「住所」であるということはできない」としています。また東京地裁は、対価を支払う相手方が非居住者かどうかの確認をする注意義務を不動産業者が尽くしていたかどうか(ii)については、Aさんが米国口座に代金を送金する依頼をしていたことから「Aに対し具体的な生活状況等(例えば、Aの出入国の有無・頻度、米国における滞在期間、米国における家族関係や資産状況等)に関する質問をするなどして、Aが非居住者であるか否かを確認すべき注意義務を負っていたというべき」とし、公的書類を確認したことのみをもって注意義務を尽くしたことにはならないとしています。