ノムコムトップ > 家ココチトップ > 家ココチ[Vol.6] 父のココチ 「本の収納をどうにかしたい」
家ココチ vol.6 父のココチ 『本の収納をどうにかしたい』
書棚の整理に苦労している本好きのお父さんは少なくありません。本を愛するあまり、捨てることができず、限られたスペースにどんどん本を押しこみ、つねに新刊を入れる余裕がない。たくさん収納できて、取り出しやすく、なおかつすっきり見栄えもいいもの。そんな理想の書棚に近づくためのコツを、古本カフェ気流舎店主の加藤賢一さんに伺いました。東京・下北沢で4坪の古本カフェを経営する加藤さんは、建築家と一緒に内装をD.I.Y。住宅にも応用できるアイデアが満載です。
Profile
古本カフェ 気流舎
(きりゅうしゃ)
2006年開店。店主、加藤賢一さんは1975年生まれ。グラフィックデザイナーとして、日本デザインセンターに勤務後、当店主に。
東京都世田谷区代沢5-29-17 飯田ハイツ1F 
営業14:00~23:00ころ
水曜定休
Kokochi01 4坪を1年かけて改装
ロフトは客席兼ストックヤード。はしごは、町の鉄工所に依頼。工事現場で使う建築資材の鉄筋を溶接してもらったそう。

3カ月で完成のつもりが1年になってしまったという気流舎の内装工事。設計はシュタイナー建築で知られる建築家、村山雄一さんに頼みましたが、施工のほとんどは、店主の加藤賢一さん自ら手がけました。

「本当は衣食住、全部自分の手で紡ぎたいのです。ここは自分の働く場所で、一日10時間以上、ほぼ住むのと同じくらい滞在している。だからこそ、出来る限り自分の手でつくりたいと思いました」(加藤さん)

杉の角材をスライスして木レンガを700個、床に並べて埋めました。テーブルやベンチも、自分で削った労作。鉄筋のはしごは、町の鉄工所に「こういうのが欲しいのですが」と、図面を持ちこんで依頼したそう。

元はグラフィックデザイナーで、建築のプロではない加藤さんの、自由な発想と果敢なチャレンジは、理想の書棚を求めるお父さんたちにも、大きな刺激になりそう。本を首尾よく収納することはもちろんですが、加藤さんが最も心かげたのは、「居心地の良さ」と言います。

「本棚だけ凝ってもだめ。そこで読む人の居心地がよくないと。だから、“収納”じゃなくて、“本を読む空間そのもの”、つまり空間作りに心を配りました」

木の扉を開けると、ふわっと木の清々しい香りに包まれ、日々の疲れや緊張がほぐれていくよう。4坪ですが、中にはいると3メートル以上ある天井高のせいか、開放感がたっぷり。1,000冊あまりの蔵書量でありながら、不思議なほど狭苦しさがありません。

無垢の木の建具や棚は、本との相性もぴったり。雑居ビルの1階にあることを忘れそうになるほど、快適でリラックスできる空間に仕上がっています。

Kokochi02 本のディスプレイの極意
ベンチの上の模型は、設計時のもの。設計:村山雄一建築設計事務所。

圧倒的な数の本を、すっきりと収めながら、息苦しさを感じさせない気流舎には、自然素材の建具や天井高のほかにも、まだまだ秘密がありそうです。
 まず、特徴的なのは、下から上までびっしり本を入れないという工夫。多くの書店の棚は下段に大型本を入れますが、加藤さんはあえて余白スペースに。

「棚があっても、所々にスペースを空けて、空間に余裕をもたせると、息苦しさは減るかもしれませんね。うちは下は全部開けて、お酒のボトルを並べたりして楽しんでいます。あと、床に本を置かないことも鉄則です。とくに古書店は、ストックを床に山積みにしがち。それは美しくないし、本を探しにくいので絶対やめようと思いました」

そのため、なるべくストックを持たないこと、あってもお客様に見えないようにと、ロフトをつくってそこに置いています。自宅書斎でも、つい読みかけの本や、後でしまおうと思っている本を床に積みがちですが、それは避けた方が無難。床を本が覆うと、視覚的に狭くなり、乱雑な印象になります。

また、本のディスプレイは、「つら(背表紙)を手前に揃えるのがポイント」だそう。 「奥の壁に本を付けてしまうと、通気が悪くなり、カビの原因にもなります。うちの壁のようにコンクリートは特に湿気に気を付けないといけません。本の収納には、空気の通り道をつくるといいよ、と建築家にもアドバイスいただきました」

つらを揃えると、面がフラットになり、全体のすっきり感がさらにアップ。加藤さんによると、書棚の奥行きは、「最低18センチあればOK」。市販の書棚はたいてい奥行きがありすぎるので、無駄が出ないよう、よくよく吟味が必要です。

Kokochi03 ブックエンドなど脇役もひと工夫
鉄筋のブックエンドは、加藤さんのデザイン。シンプルで、それなりに重量があり、使い勝手と機能美を満たした逸品です。

気流舎の居心地のよさは、さりげない小物づかいも一役買っています。空きスペースに洋酒ボトルを並べたり、ブックエンドは、鉄筋を使って自らデザイン、はしご同様、鉄工所で安く造形してもらいました。照明は、温かな印象の白熱灯。なだらかな曲線がいかにも座りやすそうなベンチは2カ所に設置しています。

玄関前の小さなアプローチには、野の花専門店がコーディネートした野草の緑が。分厚い木の扉は、ところどころ円形にくりぬいてステンドグラスがはめこんであり、みるからに遊び心満点です。

居心地の良さを追求する加藤さんは、お店でおいしいコーヒーやお酒を飲めるよう、キッチンスペースも確保。お客さんの中には、本を買わず、珈琲だけを飲んで帰る人もいるとか。

「カフェとして利用してくれる人も多いです。僕はそれでもうれしい。お店をやっていると、僕の人生と全く関係のなかった人がある日、突然ドアを開けて入ってくる。それが楽しい。毎日出会いがあって、飽きません」

3カ月のはずが1年にもおよんでしまった改装の原因はもしかしたら、加藤さん自身がつくることを楽しんでいたからかも。そして開店半年の今、書棚を通して、人との出会いを楽しんでいます。

たとえば、自分のための書棚であるとしても、そこにいるだけで楽しくなるような、何時間でも座って読んでいたくなるような空間なら、自ずと家族も集まってくることでしょう。書棚は、収納や使い勝手だけでなく、それをとりまく空間の居心地の良さを軸に、工夫を重ねていくことが大事なのかもしれません。

取材・文 大平一枝/暮らしの柄
写真 安部まゆみ


[an error occurred while processing this directive]