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家ココチ vol.5 シニアのココチ 『和洋折衷を暮らしに上手に取り入れたい』
ごろんと寝転んだり、時に改まって食事をしたり。西洋化した現代の生活でも、日本人にとって床座の和室は便利で心地よいものです。一部屋は欲しい和室。けれど椅子やテーブルを用いる部屋と、上手に調和させるのは案外難しい。今回は名作住宅に、そのヒントを探ります。巨匠・吉村順三設計の加藤邸は1975年の竣工。日本の伝統を踏まえたモダンなデザインには、今も新鮮な感動と快適な住み心地が生きています。
Profile
吉村順三
(よしむらじゅんぞう)
建築家 1908-1997年
日本の古建築を深く学び、日本の伝統とモダニズムの融合を図った。皇居新宮殿の基本設計、俵屋などのほか、東山魁夷邸や猪熊弦一郎邸といった数々の名作住宅を設計。気負いのない誠実な作風で知られる。
Kokochi01 和室はリビングの一段高い位置
和室のふすまを閉めた状態。カーテンのオフホワイト色と襖の色がそろっているので、すっきりとして違和感がない。

日本の伝統とモダニズムの融合を図り、数々の名作住宅を残した建築家・吉村順三。無駄のない合理性から生まれる豊かな空間と独特の落ち着きには、時代を超えた魅力があります。山中湖の山荘・加藤邸もまた、吉村が設計を手がけた傑作のひとつ。和と洋の空間が、見事に溶け合う好例です。

1階は駐車スペースと玄関だけに抑え、居室は2階に集約。南側に水平に大きくとった開口のすべてを、唐松林の瑞々しい緑が包んでいます。この眺望をどこからでも楽しめるように、2階は一続きのワンルーム。ダイニングもリビングも、気持ちを楽に過ごせる開放感があります。

「和室をと希望しました。あとは家具も照明も先生におまかせです」。実家は数奇屋造りだったという加藤さんが望んだ和室は、ワンルームの北側、ちょうど造り付けたソファの背面に設けられています。リビングよりも60cm床レベルを上げているのは、和室の掘りごたつからも景色をまっすぐ望むため。ワンルームの一角に、一段高い6畳の離れを組み込んだような格好です。

Kokochi02 簡素なデザインが共通要素
(左)かつて子どもが人形劇の舞台として使ったソファ越しの棚。和室の棚の高さと素材をそろえることで和洋の調和を実現している。
(右)吉村流の大きな障子が空間をゆったりみせる床の間。

床のレベル差こそありますが、LDKと和室の間に違和感はありません。どちらの空間も、個性を強く主張するところがなく、簡素にまとめられているからでしょう。形はシンプルで合理的な正方形のバリエーション。モダンデザインと和室は、この点で相性がいいものです。
 加えて材料と色。白の壁と、オイル塗装の木が、使われた材料のほぼすべて。畳も障子も、大きな色の差をもたらすものではありません。簡潔な形と、材料と色による統一。それが和洋の空間をひとつにまとめているのです。

不必要な飾りを好まず、少ない材料で豊かな空間をつくる。吉村はそこに、建築の本当の魅力を見出していたといいます。簡素で質素を旨としながら、その空間には人の心を和ませる包容力があり、過ごしてみて気づく計算と心遣いに満ちている。加藤邸ではそれが、和洋の共存をいっそう心地よくさせているマジックでした。

Kokochi03 和洋の空間の質が、豊かさの鍵
山荘周囲の自然を、奥まった和室からも存分に楽しめ、洋室でくつろぐ人ともコミュニケーションがとりやすい。

LDKで過ごすとき、和室で見えるのは、ソファ越しの障子と飾り棚。ソファの後ろの奥行きは、空間に広がりを持たせる余白スペースのようです。そう思って眺めると、柱や障子がつくる直線の構成も、モダンな抽象画に見立てた吉村の遊び心では、と愉快な想像が働きます。見えているのに気にならない。和室が、洋の空間を邪魔していないのです。

一方、和室の掘りごたつに座ってみると、今度はLDKがほとんど見えません。ソファの後ろの飾り棚が和室側では低い腰壁になり、洋の気配を上手に隠しているのです。その計算されつくした寸法に、驚くばかり。傾斜した天井も、日本建築の深い庇の効果をもたらしているのでしょう。視線は南の景色へと、まっすぐに誘導されます。吉村流の大きな分割の障子が、6畳の和室をゆったりとおおらかに見せながらも、そこには本物の和の空気が感じられます。

つながりながら、それぞれの性格をしっかり確立しているふたつの空間。飾り棚が、両者を細部で取り持ちます。しつらえる楽しみだけでなく、グラフィカルに連続して見える視覚的なトリックも。「子供が小さいときは、この台が人形劇の舞台でしたよ(笑)」(加藤さん)
60cmのレベル差と吉村特有のスケール感覚は、和洋をつなぎ、親子のコミュニケーションにも一役かって、たくさんの思い出をもたらしました。今は孫も加わり、親子三代で利用します。「この山荘は私の宝です」(加藤さん)。

和洋を共存させるとデザインの収拾が難しく、特に和室は曖昧な空間に陥りがち。材料や飾りで差異を図るより、むしろ適度に区切られることで空間の性質が確立し、心地よさや使う喜びが膨らむのかもしれません。

取材・文/甲嶋じゅん子
撮影/矢野紀行(ナカサアンドパートナーズ)


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