家ココチ[Vol.17] 家族のココチ 「工夫次第で広がる通路空間の可能性」

ノムコムトップ > 家ココチ トップ > 家ココチ[Vol.17] 家族のココチ 「工夫次第で広がる通路空間の可能性」

8/28 家ココチ[Vol.17] 家族のココチ 「工夫次第で広がる通路空間の可能性」
玄関と部屋、部屋と部屋などをつなく通路空間は、どうしてもメインではなく、やむを得ず設けるノリシロのような場所と思いがち。でも活用の仕方によって、実は、家事や子育てとも密着した役割が潜んでいます。そうした役割をうまく引き出すような通路空間の生かし方について、住まいに多彩なアイデアを盛り込む建築設計事務所A.D.H木下庸子さんにお話を伺いました。

Profile / プロフィール

木下庸子(きのしたようこ)
ハーバード大学大学院を修了後、内井昭蔵建築設計事務所を経て87年に渡辺真理氏と設計組織ADHを設立。現代の多様な生活スタイルと間取りの考察に定評がある。

Kokochi01 機能を足して、家事をスムーズに

「私は壁と扉だけの通路が持つ閉塞感が苦手なんです。それに通路だけのスペースを取るのはもったいないでしょ(笑)。ですからもうひとつの機能を与えるように、いつも設計の際に工夫をしています」。

そう話す木下さんがまず見せてくださったのは、『NT』と名付けられた大きなワンルームのような住まいの実例です。住まい手はご夫妻と子ども2人の4人家族ですが、夫は大学教授、妻は医師と、ご夫妻とも仕事がハードで「いわば専業主婦のいない家」。家事は各自が参加します。例えば『NT』に住む前は、日当たりの良いソファの上に山積みにされた洗濯物の中から、それぞれ乾いた衣類を取って着たり、食器も極力使い捨てのものを使用するなど、家事全般において徹底的に無駄を削いだ生活スタイルでした。そのため、少しでも家事を効率的に回せるよう、住まいも合理化することがひとつの課題でした。

その最たるアイデアが、浴室前の通路空間を利用した「オープンワードローブ」。
「これは洗濯物干し場であり、かつクローゼット。浴室の脱衣所で脱いだ服を洗濯したらここに干し、乾いたらここから取って着る。洗濯物を干しっぱなしで大丈夫なワードローブです。畳んで、しまう。その時間も惜しいという住まい手の生活からヒントを得て生まれました」と木下さん。以前のようにソファを洗濯物の集積場にせずとも、家事の負担軽減はそのままという優れものです。靴下などの細かな衣類も、各人用のボックスに仕分けして入れるだけ。家事をサボっているといった後ろめたさを感じずに、堂々と干しっぱなしにできるとは、仕事を持つ女性や子育てに追われる主婦なら、思わず膝を打ちたくなる、目からウロコのアイデアですね。実際、『NT』を知った、ある小さな子どもがいるご家族もこの方式を取り入れて、とても喜ばれているとのこと。頻繁に洗濯する子どもの衣類を、このような「オープンワードローブ」で洗濯・収納するだけでも、ずいぶん重宝しそうです。

『NT』の「オープンワードローブ」。洗濯物干しの奥は、礼服などをしまえるクローゼットになっており、家族の衣類はすべてこのスペースに収納されている。

しかもこの「オープンワードローブ」は、2階の南側という住まいの特等席にあり、通路に対して抱きがちな「暗い」というイメージとは正反対の明るい場所。バルコニーから入った光と風は、ここを経由して各人の個室や吹き抜けになった1階へと行きわたります。

この「オープンワードローブ」で見える通路の役割のひとつは、日常の行為と行為をつなぐこと。既成概念にとらわれずに通路空間を生かすことで、家事動線の効率化が図れるわけです。

Kokochi02 家族だからこその、ほどよい距離感

左側が引き戸で仕切られた個室で、この2階の個室から手前に見えるハシゴを伝って1階のライブラリーへ直接移動することもできる。

住まい『NT』で、もうひとつ目を見張る通路空間が、吹き抜けに架けられた4本のブリッジです。この家は、大きな共有スペースと小さな個室という空間のバランスが特徴的。家族全員が各々で調理するオープンキッチン、家族全員が一列で机に向かって並べるライブラリー、その間にある大胆な吹き抜け……と、共有スペースはとてもダイナミックです。一方、各人の部屋は、ほぼ眠るためだけのシンプルで小さなもの。吹き抜けに浮かぶ4本のブリッジは、その個室への専用の渡り廊下なのです。

「日本人には、住まいの中でお互いの気配を感じ合うという生活習慣がありますね。引き戸で仕切って必要に応じて開閉するほうが、家族も空間もフレキシブルにつながり、開放的です」

子ども部屋を壁や扉で隔てるのは、家族が徹底的に議論する欧米の生活習慣があって成立するもの、と木下さんは考えています。その欧米でも、普段は扉を開け放しておくのが普通なのだとか。子ども部屋に1人でいても、何気なく家族の姿が視界に入り、音が聞こえ、いつもその存在を感じて過ごす。その絶対的な安心感は、とても心強いものだと思います。

『NT』の渡り廊下もまた、吹き抜けを介して上下で家族の気配を伝えてくれる場所になっています。「それに子ども部屋には、1階のライブラリーとつなぐハシゴを設け、それを伝って直接ライブラリーへ行き来ができるようにしています」。子どもにとっては、まるでアスレチックのような構造の家です。
「また、ブリッジが1部屋に1本ずつ、各個室専用に架けられているのは、適度な精神的距離感を保つ意味でもあります。家族の中で過ごしているからこそ、そうした気持ちの切り替えも大切ではないでしょうか」。

子ども部屋を考えるとき、常に互いの気配を感じ、家族の中にいると実感することの大切さと同時に、ほどよい距離感を保つこともまた、個を尊重するうえで大事なことなのですね。通路空間は、そんな間合いも作ってくれます。通路空間を通して、家族の過ごし方を考えてみると、新しい楽しさや安らぎが見つけられるかもしれませんね。

Kokochi03 ゆとりある通路空間は、家族の広場

通路空間のもうひとつのポイントは、家族が行き交う場所であること。そこに着目し、コミュニケーションの場にしているのが、『IS』という住まいのファミリーリビングです。通常、廊下といえば、幅78cm~85cmほど。1人の大人がお盆を持って通れたり、一般的な家具が搬入できるほどの寸法です。
「それに比べ、ここでは幅3.6mと通常の4倍以上、奥行きは10mほどと、だだっ広い空間にしています。廊下とは言えないほどの広い空間ですが、それぞれの個室とウォークインクローゼットをつないでいるという意味では、ここも立派な通路的空間。家族分の机と書棚を用意したら、誰となくここに集まり、好きな道具なども持ち込んで、思い思いに過ごしておられるようです」。
お客様も訪れるリビングルームとは別に、家族だけが集まるスペースは、自然にコミュニケーションの機会を増やし、子育ての面からも有意義な空間といえそうです。

場所と場所をつなぐ通路空間を改めて見直すと、そこは空間をやわらかく仕切る間合いであり、家族が行き交う交差点でもあることに気づきます。また個人間の距離を、その時々に合わせて調節してくれる役割も。そんな性質を上手に利用すれば、自然に家族みんなが集まる、広場のような場所にもできるのではないでしょうか。そう考えると、これまで無機質に思えていた通路空間も、とても大きな可能性を秘めた、楽しみな場所に思えてきませんか。通路空間を通して、家族の過ごし方を考えてみると、また違った住みココチが見つけられるかもしれませんね。

『IS』のファミリーリビング。右側が各人の寝室、左側がウォークインクローゼットで、それをつなぐ通路空間が、自然に家族の集う場所となっている。

ライター:甲嶋じゅん子
カメラマン:『NT』:北田英治 『IS』:繁田諭(ナカサアンドパートナーズ)


[an error occurred while processing this directive]