家ココチ[Vol.15] 家族のココチ 「おいしさを培う食空間」

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6/26 家ココチ[Vol.15] 家族のココチ 「おいしさを培う食空間」
一言に”食空間”といっても、料理をつくる空間から、できたものを食す空間、そして食後の談話を楽しむ空間とそれぞれの場面に応じた空間のポイントがありそうです。そこで、今回はケータリングや料理教室を手掛ける料理家・渡辺康啓さんに、食空間づくりの秘訣を伺いました。

Profile / プロフィール

渡辺康啓
(わたなべ やすひろ)
ファッション業界を経て、昨年独立。ケータリング料理を手掛けるほか、自宅で料理教室を主宰。見た目にも環境的にも美しい料理づくりを目指す料理家。

Kokochi01 料理人の顔と手元が見えるキッチン

渡辺さんの料理教室は、多摩川を臨む自宅で開かれます。そもそもはファッション業界に身を置いていましたが、ケータリングを始めたのをきっかけに、昨年、料理家として独立されたのだそうです。その際、料理教室をする前提で家探しをして、一目で気に入ったのがL字型キッチンでした。
「作業動線がいいんですよ。横一線と違って、体の向きを変えるだけでいろんな作業が一気にできるでしょう。さらに背の低い業務用冷蔵庫を置いてコの字型にしたので、その冷蔵庫の上で盛りつけをしたり、洗った食器をいったん置いたりできるので、ますます効率が良くなりました」
 この業務用冷蔵庫は食材がたっぷり入るうえ、腰の高さまでしかないため、天板は調理台として重宝する優れもの。ル・クルーゼの鍋をはじめ、お気に入りの道具が生きるキッチンです。料理をつくる人がいかに気持ちよく作業ができるかは、やはりおいしい食事をするうえで、まず必須のポイントでしょう。

コの字型になったキッチン。お気に入りの調理道具が整頓されている。

さらに重視するキッチンのあり方について、渡辺さんはこう話します。 「食べる人に料理しているところが見えることが大切ですね。お母さんがおむすびをむすぶのを隣で見ていて、できたてをひょいと手に取って食べるのって、最高においしいでしょう」
 子供の頃、駅弁など作り手の分からないものは恐くて食べられなかったという渡辺さん。学生時代からコンビニとは全く縁がなく、料理は自分で作るのが当たり前だったとか。この感覚は、少なからず誰もが持っているものではないでしょうか。作り手が見える安心感。これも食事をよりおいしくするポイントなのかもしれません。

Kokochi02 自分専用の椅子でテーブルに集う

料理教室の部屋に入ってまず目に留まるのが、素材も色もデザインも違う椅子たち。バラバラなものなのに、違和感なく空間に融け込んで、不思議な調和を保っています。まだ誰も座っていないのに、まるで1脚1脚が人格を持って会話を楽しんでいるかのようです。
「この教室では、生徒さんは一緒に料理はつくらず、僕がつくるのを見た後、その料理を味わうことで学んでもらっています。生徒さんが料理を味見するときに、私はあの椅子、僕はこの椅子って、好きな椅子を選んで座れるのがいいでしょう」

一般に、椅子はすべて同じもので揃えることが多いですが、渡辺さんの発想を採り入れて、それぞれの個性を尊重した椅子を選ぶのもおもしろいでしょう。
 お父さんは威厳のある黒革の椅子、お母さんは優しい白木の椅子、お兄ちゃんはシルバーのシンプルな椅子、妹はかわいい花柄クロスの椅子というように、家族でもそれぞれ異なる性格や好みに合わせた自分専用の椅子で1つのテーブルを囲むと、1人ひとりの個性と家族の団欒が共鳴するような、和気あいあいの食空間が生まれそうですね。

Kokochi03 居心地のいい空気感を醸し出す空間

料理を“つくる”、“食べる”空間に加え、もう1つ食空間として意識したいのが、食後にくつろぐ空間です。
「うちに来ると、皆さん、なかなか腰を上げないんですよ(笑)。時間がゆっくり流れていくような気がすると言う人もいますね」
 渡辺さんは少しも迷惑そうではなく、むしろ嬉しそうな笑顔でそう語ります。訪れてみて実感しましたが、本当に渡辺さんの教室は、つい長居してしまいそうな心地のよい部屋です。部屋の突き当たりにはベランダへ出るための大きな窓があり、その向こうに緑地と川が遠くまで開けています。
「半分外みたいな家が好きなんですよね」と渡辺さん。この開放感が、長時間その部屋に居ても息が詰まらない、心地よさを生み出しているようです。

窓の向こうには、天気の良い日は富士山も見えるという見晴らしのよい景色が広がる。昼間は、自然光だけで十分明るいダイニング。

また、渡辺さんの教室でもう1つの特徴が、空間の醸し出すやわらかい空気感です。
「と言われても自分では特に意識はしていないんですけど、部屋の中のもので1つとして使っていないものがないからかな。例えばキッチンでも、すごく片付いてきれいなんだけど明らかに使っていないな、と分かる家ってありますよね。そういうのは、僕は好きではないし、食空間としても居心地よくないと思うんです」
 確かにおしゃれで美しいのに、どこか取り澄ましていて、落ち着かない家があります。渡辺さんの部屋は、家具も器も隅々まで住む人の手がかかっています。手料理と同じで、人をもてなす心が生きているから、やわらかい空気感や安心感を生むのかもしれません。
「それと、僕は衣食住すべてにおいてバランスが取れていないと、きれいじゃないと思うんです。いい服を着てカップラーメンばかりの食生活は似合わない。価格のバランスではないですよ。例えば、この器は300円だけど、気に入って学生時代から大切に使っているものです。自分が本当に好きなものだけを厳選して集めたら、頻繁に、しかも丁寧に使いますよね。だから、きれいで居心地がよくなるんだと思います」
 小さなプチトマトも、1つ1つ湯むきしてマリネにするような渡辺さんだからこそ、この言葉は心にストンと納まります。

好きなデザインのものだけを集めたという器たち。好み優先で選んでいるので、価格は手頃なものから高価なものまで様々。

売られている時は同じモノでしかなくても、手にした人がどう使うかで持ち味は変わってきます。それはきっと、住まいにも言えること。料理も部屋も、自分なりのこだわりを持って、1つ1つ丁寧に。それがより食事をおいしく、楽しくする空間の秘訣なのですね。

住まい選びも自分なりのこだわりを大切にしながら、慎重に選びたいですね。そうして見つけた物件は、きっと居心地のよい住まいになるはずです。

取材・文 箱石桂子
写真 高島慶(ナカサアンドパートナーズ)


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