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家ココチ[Vol.14] 夫婦のココチ 「茶室に見る、おもてなし」
今回お話を伺ったのは、日本橋にある茶室「茶友倶楽部 空門」のデザインを手掛けられ、ご自身もお茶に通じていらっしゃるインテリアデザイナーの高山不二夫さん。「茶友倶楽部 空門」に見る茶室のしつらいや茶の湯の心に、現代にも生かせるもてなしのポイントを見つけました。
Profile
茶友倶楽部 空門
茶道・書道教室や日本文化が体験できるサロン。その名の通り、伝統の心を大切にしながらも形式にとらわれることのない、自由で風通しのよいサロンを目指す。
東京都中央区日本橋3-8-16 ぶよおビル2F
Tel 03-5202-5737
高山不二夫(たかやま ふじお)
大学卒業後、プラスチックスタジオアソシエイツに入所、インテリアデザイナーとして活躍し、1993年高山不二夫デザイン研究所を設立。
Kokochi01 “もてなし”で構成された空間

一服のお茶を差し上げるためだけに用意された空間、茶室。それはとても贅沢(ぜいたく)で特別なことに思われがちですが、本来、茶室は茶の湯の心を大切にする同じ思いを持った人々が集い、体裁や身分を超えて楽しめる空間であり、その多くが身近な材料を使った素朴なものです。
 また、「日本の生活は実はお茶と深く関わっている」と高山さんは話します。私たちが料理を盛る器を考えたり、迎え花を飾ったりするのは、かつて茶事を催す亭主がもてなしのためにトータルディレクションしたことから派生している習慣なのだそうです。ともすると敷居が高いと思ってしまいがちなお茶の世界ですが、私たちはその習慣や要素を知らず知らず受け継ぎ、自然に現代の日常生活のもてなしに生かしているのです。

茶室には、ほかにも現代の客間やもてなしの参考になるポイントが隠れています。例えば、部屋の広さ、相手との距離感について見てみましょう。茶室空間には、小さなものは2畳から大きなものは10数畳などと、様々な広さがあります。今回伺った「茶友倶楽部 空門」の広さは3畳です。亭主は炉の横に座り、客は炉を挟んで亭主と向き合う。お互いの距離は京間畳(※)の幅で約95cmほどになります。(※京間畳とは、関西地方で標準使用されてきた畳で、サイズは約1910mm×955mm)

このような距離感や茶室の特徴は、現代の住まいでも生かすことができます。
「畳を挟んだ亭主と客の距離感は、例えばテーブルで向かい合うくらいの間隔。そのテーブルの一角に電熱器を炉のように設置するのもいいですよね」。電熱器を炉に見立ててお湯を沸かし、ミニお茶会を開いたり、そこで料理を温めたりすれば、温かいうちにお客様に出せます。「オープンキッチンのカウンターの幅も、コミュニケーションによい距離を保ってくれますよ」。

また、お客様をもてなす時間と空間の使い方についても、お茶の世界はちょっとしたヒントを与えてくれます。
 お茶を入れる手順は、道具を茶室に運び入れることから始まります。「炉が別室ではなくお客様の待つ空間に用意されているのは、一服のお茶を供するために、その準備段階から一緒に楽しみましょうということ。例えば、道具について説明したり、感想を言い合ったり…と会話が生まれます。また、器を洗い清めるところから所作のすべてを隠さず見せることで、客に安心を与える意味合いもあります」。もちろんこうして準備からお客様に見せ、一緒に楽しむためには、道具選びから気を配る必要が出てきますが、それももてなしの1つとして楽しんでみてはいかがでしょう。

手前の緑色と透明の棚が道具を置く釣棚。従来にない新しい素材であるアクリルが使われている。
 
「茶友倶楽部 空門」の簡易間取り図。冬場は畳を切った炉を使う。客は火が近くなるので暖かく感じる。夏場になると外気が暑くなるため炉は閉じ、風炉という釜型ものを客からやや遠ざけて使う。
Kokochi02 空間をつくる要素のひと工夫

もてなしの空間をつくるには、その空間を構成する様々な要素への工夫も大切です。高山さんがデザインした「茶友倶楽部 空門」の茶室にも、おもしろい工夫が散りばめられています。

まずは、柱や鴨居(かもい)、釣棚(つりだな)。そこに使われているのは、なんと透明なアクリルです。「現代の材料であるアクリルを柱や鴨居などに使うことで、現代のお茶のあり方を提案する場所にしたかった」と高山さんは言います。昔の良さを生かしつつも、そのしきたりや伝統に縛られずに、今生きている人にとって最も心地良い空間にする。

現代作家の作品である向付を茶器として使用し、ちょっとしたサプライズを。お菓子は季節感のあるものを選んで見た目も楽しむ。

そうした思いから、高山さんは建材だけでなく、現代的なお茶道具やバッグの形の花入れなど、現代を写す独自の工夫を細部にも施します。

「今日の茶碗も白磁の向付(むこうづけ)。向付とは、懐石料理などのお膳で、手前に置くご飯や汁物の器よりも奥(向こう)に置く簡素な食べ物を入れる器のこと。身の丈にあった材料を転用することで、そこに新しい発見や工夫をする楽しみが生まれます」。
 茶室では、道具や花、器のほかに、軸を掛けるなど、まさにその部屋の中に存在するものすべてに対し、工夫を凝らします。それはお客様を喜ばせるための工夫であり、配慮。相手が喜んでくれるだろうかと考えながら部屋をしつらえるところから、もてなしは始まっているのです。


軸には、その茶会のテーマとして禅語の書を掛けたりする。写真の「空門風自涼」は、門も塀もない家は、何にも遮られることなく風が吹き抜けていくため、誠に涼しいという意。すべてが空として執着を捨てた心のすがすがしさ、自由さを表しており、「茶友倶楽部 空門」の名もこれに由来している。
 
床の間に置かれた花入れは、珍しく女性のハンドバッグをモチーフにしたもの。
Kokochi03 日常を喜ぶ、非日常のひと時

そして最後にもう1つ、ホテルや旅館などにも共通する、もてなしのポイントを紹介しましょう。
それは“非日常的な空間”であることです。
「茶友倶楽部 空門」は、日本橋のとあるビル内にあります。にもかかわらず、丁寧に生けられた花を目にし、いざ茶室の畳に上がると、そこが東京のど真ん中であることなど、すっかり忘れてしまうほどの異空間。私たちが本当にリラックスするには、空間がいかに日常を忘れさせてくれるかが、とても重要なポイントとなるのです。

「日常とは違う時間と空間をつくること。そのときだけの非日常的な経験から、亭主や客が新しい発見をする。そこから翻って日常に興味を持って豊かに日々を過ごす気持ちが養われ、審美眼が育つのだと思います」。

自宅でお客様を招くときも、玄関からリビングまでのアプローチでは目線に配慮し、分かりやすい場所に飾りをしつらえてみましょう。そうすることで、もてなしを見てもらうことやお客様から配慮に気づいたことを伝えられることが、また1つ時間を共有する喜びとなります。さらに簡単な材料や布で空間を仕切り、部屋の中に別の空間をつくり出すのも、おもしろい趣向になります。

もてなしとは空間だけでなく、軸や花といったしつらい、器やお菓子など、トータルでつくり出す空気感。その基本は、相手の趣味趣向を尊重し、いかに喜んでもらうかという配慮にあります。

相手の喜ぶ顔を思い浮かべながら、「今度は、どんなお菓子にしようか」「今の季節の花は……」などと準備から時間をかけて楽しむ。そうすれば、だんだんとお菓子や花自体にも興味を持つようになり、普段から花や食器を一味違った視点で選ぶ楽しみも増えるでしょう。お茶は、現代のもてなしに大切な心を伝えると同時に、日々の生活を豊かに過ごす気づきをも与えてくれるものなのです。
 住まい選びも、自分たちの住みやすさだけでなく、「お客様を招く」という視点から選んでみると、また違った見方ができるかもしれませんね。


取材・文 甲嶋じゅん子
写真 高島慶(ナカサアンドパートナーズ)


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