祖父母の暮らす家は、昔ながらの日本によくある木造一軒家。
「この家はな、わしが若いころ一所懸命働いて、自分で設計して建てた家なんやで。」
祖父はそう言っていつも得意気にマイホームを自慢する。
マンション住まいだった私は、虫が入ってきやすい夏や、隙間風で冷える冬が苦手で
「マンションのほうがいいのに。」
と思っていた。
高校1年生の夏、オーストラリアからの留学生Ellaが2週間のホームステイに来ることになった。はじめて日本に来た彼女は、日本の文化を勉強してきたそうで、マンションの玄関に着くなり、
「靴を脱ぐんだよね!」
と言い、フローリングを素足で踏んで楽しんでいた。そんな彼女を見て、私の中で“日常”になっていた生活、それが実は他にはない習慣なのだと感じた。
テーブルの上には母が作った和食が並ぶ。お刺身やすき焼きの生卵など、少し抵抗がありそうな食事にもトライしては美味しいと喜んでくれた。
「お風呂はバスタブにつかるんだよね!」
というEllaの前で、そうよ、と言いながら私は入浴剤をいれた。
「お湯に色がついてる!」
テンション高くお風呂に入った彼女は1時間ほど上がってこず、のぼせてはいないかと心配したくらいだった。
そのあとも、折り紙で鶴を折ったり、習字の練習をしたり、お城や竹林やお寺観光にも一緒に足を運んだ。
様々な“日本”を体験してもらったあと、ふとマンションでの暮らしだけではホームステイの“ホーム”の部分で日本に触れる機会が少なかったかもしれない、と思った私は、Ellaを連れて祖父母の家に行ってみることにした。
はじめて日本の一軒家を見た彼女は、床の間に掛け軸、畳の部屋、欄間、襖に障子、そこに描かれた模様、仏壇、木の香りのする家、蚊帳、布団、庭の松の木、和式のトイレ、全てに大喜びだった。その反応を見て、日本特有の“文化”にこそ人を引き付ける力があるのだと感じた。今までマンションのほうがいいと思っていた私が、一軒家の魅力を知った瞬間だった。
「着物は持ってないけど、浴衣ならあるから着てみる?」
そう聞いた私に、Ellaは目を輝かせてYesと言った。浴衣を着て、家にある簡単な茶道の道具で一緒に抹茶を点て、和菓子を食べた。そんな和のティータイムが終わると、彼女はとてもこのお家が気に入ったらしく、
「ここで晩御飯も食べていい?」
と聞いてきた。祖母は喜んで日本料理をふるまった。
畳の上にある低い机。その周りに座布団を敷き、みんなで祖母の手料理を囲んだ。
「床に座ってご飯を食べるスタイルも珍しい。」
そう言いながら、何十枚も家の写真を撮っていた。
Ellaとは今でも連絡を取り合っている。そこで出てくる話は、決まって祖父母の家での体験だ。
ホームステイに来てもらったことで、便利な暮らしの中で欧米化され、日本の文化を失いつつあった自分の生活に気が付いた。昔ながらのマイホームの暖かさが、外国人を通じて私の心に沁み渡った。
“和の心を忘れず、若い世代や海外にまで日本の文化を広めていける家”
そんな家を建てた祖父を見る目が、あの日から尊敬に変わっている。