「ここにもはっておぼえなきゃ!」
我が家にはたくさんの押しピンの穴の数がある。
娘が受験勉強のために単語や公式などを用紙に書き出し、いつでも見て覚えられるようにと、壁のあちらこちらに貼り付けたあとだ。
家のメンテナンスや景観を考慮すると、避けてほしかった気持ちもあるが、「合格」という文字に家族一丸となって突き進むには、大切な「家」に少し痛い思いをさせてしまった。
押しピンの穴の数がふえるたびに「家さん、ごめんね」といいながら、貼りつけていく娘。
公式や単語を覚える声だけが響く毎日。
時に親子喧嘩や受験のイライラをどこにも吐くことができず、壁にド~ンと手で当たることもあった。少し壁がへこんだところもある。さぞ、いたかったことであろう。
それなのに、家は、どんなに深く、どんなに無数に穴をあけられても、いつも私たち家族を温かく包んでくれた。「ただいま」と帰宅すると、我が家だけの優しい香りの空気を、家が発してくれていた。
とうとう受験当日。
だれもがピーンと張り詰めた緊張の中、娘はこれまでのたくさんの壁の押しピンの穴をさすりながら、「これまでありがとう!いってきます」と声をかけた。
わかっていたんだ。
家も一緒になって自分の苦しみも努力もみ守っていてくれたことを。
しばらくして、「サクラ咲く」の合格切符が届いた。
娘はまっ先に壁の押しピンの穴たちに、「表彰状!あなたたちは、私の受験勉強を見事に支えてくれました。ここに表します。感謝」と合格通知を見せていた。
家は人の心を支え、家族の心を一つにする不思議なパワーがある。
これからも私たちらしい家の歴史を刻んでゆきたい。