大学が終わって終電。
友達と飲み会が終わって終電。
就職活動が終わってまた。
夜、家族が寝静まった頃にそっとかえってきて僕は晩ご飯を食べる。
味を感じない。お皿の上の物を口の中へ運ぶ作業。
いつの間にかこんなことが日常になってしまった。
家族が寝ている横で息を殺して一人で食べるご飯。
食器と箸がカチカチ音を立てる。雨が屋根を叩く音は少し僕を安心させる。
少し前のはなし。
母が作ってくれた料理を家族5人がそろって食べるご飯は格別だった。
みんなでさほど面白くもないテレビの番組にいちゃもんをつけたりして。
げらげら笑いながら食べた。その方が面白くて正直番組の内容なんて覚えていない。
もしかしたらあの時の味もそんなに感じていなかったのかもしれない。
もうおなかがよじれるんじゃないかってくらいに泣き笑いした。
ご近所の方々、とてもうるさくてごめんなさい。
でも、都市の中で家から笑い声が響いているのはうちぐらいじゃないか。
そんな記憶がふっとよみがえってくるだけで家で食べるご飯はさっきより少しおいしく感じる。
今聞こえるのは、父親のいびきと食器の立てる音だけ。
母は日々の家事に疲れ、ぐっすりと眠っている。
兄は仕事が不定期で僕より遅く帰ってきたり、早く帰ってきてもすでに着崩れたまま寝ていたりする。
妹は専門学校を卒業して新生活に向けて研修期間とやらで帰宅後すぐに寝ているようだ。
家族の今を、僕はよく知らない。
生活リズムがいつの間にかすれ違ったからだろうか。
家族のラインからしか、家族のことは伝わってこない。
こんな時間までいったい僕は何にをしていたんだろう。考えないようにしていたって感じてしまう。
ふとテーブルの角においてある新聞紙やら雑誌の束に目をやる。
スーツのチラシが不自然にたたまれていた。一番メインに見えるところに「就活応援」の文字。
よく目を凝らしてみると、木工の得意な父の手作りのテーブル。
きっちりしているのにどこか抜けている母のそのままにしておいた台拭き。
ラップがかけられた手作りの晩ご飯。会社を辞めて自分の道を歩み始めた兄の壁にかかったスーツ。
自他楽にいすに山積みになった妹の服。意外といろんなものをこの家は当たり前のように許容していて、ほかのどの場所よりもみんなを感じた。
家って、家族が集まるだけじゃなくて家族を感じることができる場所なんだ。
そう思って深く息を鼻から抜いたとき、ものすごく母の味がした。
少し胸の奥がぎゅっとなった。
僕はこの家のこの空間に何を残せるだろう。
ほかのみんなにはこの家のどんなところに僕を感じてくれているんだろうか。
そう思ってご飯を食べ終えた食器をそのまましておこうかと思った。
けどやめた。
残せなくてもいいやと思った。それは僕が見つけるものではないから。
気づかないうちに僕がこの家と暮らしていく中で、この家のどこかにきっと僕が映っているはずだから。
なんだか、暗いと思っていた部屋が、むしろやさしい明かりに包まれているような気がした。
やさしい家族の香りがした。
食器をシンクにそっとおいて洗剤を垂らし、忍び足で眠りにつく。
ごちそうさまでした。
今日はなんだか気持ちよく眠れそうだ。
おやすみなさい。