第2回「ありがとう、わたしの家」キャンペーン 入賞エピソード発表!

「ありがとう、わたしの家」賞

呼吸する家(つぐみさん)

「ガラガラッー」と音をたてる。
それが我が家の玄関。
今となっては珍しい引き戸。
ついつい
「ただいまぁっー!」
と声をあげたくなる。

我が家は戦後すぐに建てられた木造の日本家屋。
家族構成や時代の変化と共に、改修や改築を重ね、
今や残っているのはその玄関のみとなった。
けれど、私の思い出と共にこの家の古い思い出は残っている。

玄関をあけて右の部屋はコタツと黒電話のある祖父母の部屋だった、
途中で改修し私の部屋となり、今は収納部屋になっている。
玄関左の部屋は家族が団らん出来る居間だった。
真ん中の長い廊下を進むと畳部屋がふたつ、
夜は布団を敷き、みんなで仲良く川の字で寝た。
一番奥には離れがあり、お正月は親戚が集まり賑やかだった。
縁側にできる陽だまりの中、祖母がいつも気持ち良さそうに居眠りをしていた。
そして、縁側からは庭の移ろいゆく季節がいつでも眺められた。

家業が材木屋であったこともあり、物のない時代、
出来る範囲の中で材料にこだわって作られた家。
天井、床、柱、今となっては贅沢だが、お風呂も祖父のこだわりの檜風呂だった。
そのような訳でいたるところに木が使われていた。

風が吹いたからなのか、時々、
「ミシミシッ。カタカタッ。」
と音をたてる家。
小さな私にとっては、その音や柱や床、天井の節目や木目が人間の顔や姿に見えて、
とても怖かった。
家のどこかに誰か別の人が住んでいるのではないかと、
幼心に本気でいろいろな妄想をした。

そのような私の様子を見かねてか、ある時、祖父が言った。
「家だって生きているんだよ。人間と同じように呼吸をしている。
そして、私達家族のことを守ってくれているのだよ。」
小さな私にとっては思いがけない言葉だった。
「家が生きている・・。あの音は家が呼吸しているからだったのか・・。
そして私達を雨や風から守ってくれている。」

その日以降、さまざまな音も、木の節目や木目も怖がらなくなった。
不思議なもので今まで以上に家の存在を身近に感じるようになり、
何より守ってくれているということが嬉しく、安心感があった。

あのように教えてくれた祖父は今やもう天国。
一昨年の夏、私は出産をひかえ実家に戻った。
そして病院での出産を終えた私と産まれたばかりの小さな赤ちゃんを
「ガラガラッー」
という懐かしい音が迎え入れてくれた。
そう、私もずいぶん昔に母の胸に抱かれてこの家にやって来たのだ。

それから、
初めてランドセルをしょい小学校へ登校した日、
友達とケンカして泣いて帰ってきた日、
夏、思いがけず夕立ちにあい、ずぶ濡れになった日、
雪の降る寒い日、受験会場に向かった日、
社会人となって初出勤をした日、
夫が初めて我が家にあいさつに来た日、
そして、結婚し、この家を出た日。

どの日もいつも変わらない音で私を暖かく迎え入れ、見送ってくれた。
私の家族の歴史をこの家はすべて知っている。
そして今や“我が家”は“実家”と呼び名を変え、
その存在がとても愛おしいと思える。

新しい年を迎え、息子は1歳半となった。
実家に遊びに行くと、ヨチヨチ歩き、自分で玄関を降りては戸の開け閉めをする。
「ガタガタッー」
っと。
新たな思い出をこの家が刻み始めた。

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