出勤前の朝、ベランダの物干し竿に暖簾代わりの黄色い布を干す。それが、本日『ゆかり居酒屋』開店の合図。『ありがとう。楽しみに行きます』昼休みに届く父からのメール。六十七歳の古風な父が、この時だけはビールの絵文字なんかも入れて。無機的な電子メールからも父の喜びの温度が伝わる。
『ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン』父をイメージする時、真っ先に浮かぶ音。酒販に四十年以上勤務した父は、毎日沢山の酒瓶を荷台に載せてトラックを運転し、各地の酒屋へ配達した。街の大型酒店から、奥深い山道を走り抜けた僻地の雑貨店まで。働き者の父は、ガタン、ゴトンと荷台の酒瓶を鳴らしながら、来る日も来る日もお酒を運んだ。だが、そんな風に実直に働く父を疎ましく思う時があった。それは幼稚園のお迎えの時。母に代わり、父が来る機会もあった。他の親達は皆マイカーに乗り、洒落た服で迎えに来る。なのに、私の父は…
「ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン」沢山の酒瓶を派手に鳴らし、大型トラックで現れる。頭には手拭いの鉢巻。トラックから勢いよく飛び降りた父は、汗だくのTシャツに黒の前掛け姿。「おう、有加里!迎えに来たぞ」観衆注目の中、大声で父に名を呼ばれる度、恥ずかしくて堪らなかった。急いで走ってトラックに乗り込む。座席には座らず、外から見えないようシートの下に縮こまって隠れる。「おい、隠れんぼしてないで、ちゃんと座れ!」「いや!皆に見られたら恥ずかしいもん!」古風な頑固親父に娘心など到底分からない。
そして、そんな酒販勤めの父は勿論酒好きだ。趣味は何?と訊かれる度、「酒。カラオケ。カメラ」と即答。若い頃は頻繁に飲み歩いていたらしい。だが、兄、私、弟と三人の子供が生まれると飲みに出かけなくなった。三人共、私立大学へ進学させ、一人暮らしをさせるためだ。嵐の日も吹雪の日もトラックでせっせとお酒を運び、学費と生活費を稼いだ。その父も還暦を過ぎて退職した。疎んじたこともある『ガタン、ゴトン』も聞けなくなった。
淋しさを感じつつ、やがて私も嫁ぎ、兄弟も結婚した。これでやっと父も大好きなお酒を自由に飲みに出歩けるなと思いきや…「年金暮らしでお金もないし、それに街へ出て飲み歩く元気もないな。腰と膝が痛くて」と毎晩自宅で晩酌をしている。四十年以上、重たい酒瓶のケースを運び続け、酷使した腰と膝はもう完治しない。少し足を引きずって歩く父を見ると無性に切ない。
父のお蔭で私は大学へ行き、念願の教師になれたのだ。そんな父へ恩返しをしたくて、考えたのが、『ゆかり居酒屋』。私の家は実家から徒歩二分のマンション。TVを観ていてもCMの三分でササっと行き来できる距離。互いの家のベランダは丸見えなので、「雨が降ってきたよ!洗濯物すぐ取り込んで!」と母が電話で教えてくれる距離。父の腰や膝にも負担がない距離を利用し、私は自宅に定期的に『ゆかり居酒屋』を開く。
父の好きなお酒と料理を用意し、夫を交えておもてなし。「美人女将!日本酒のお代わりを頼む!」「美人『若』女将って言ったらあげますよ!」夫と談笑しつつ、上機嫌で空のグラスを差し出す父に、アラフォーの自称美人若女将は図々しく返答。私の趣味はピアノの弾き語りなので本格的なマイクも常備。PCでカラオケもできる。
大好きなお酒を飲み、好物の料理に舌鼓を打ち、ノリノリの父は熱唱。飲み放題、食べ放題、歌い放題。ゆかり居酒屋の開店時間は十七時。父は毎日十七時から晩酌と自身で決めているから。十七時は退職した会社の定時。そんな所も生真面目な父らしくて微笑ましい。閉店は、泥酔した父を実家へ歩いて送り届けるまで。引きずり気味の千鳥足。でもこの帰り道だけは羽が生えたように軽やかに浮き足立って見える。「ガタン、ゴトン」父を支えて歩きながら呟く。「なんか言ったか?」赤ら顔で問い返す父に、何でもないよと笑って返す。幼稚園の頃、迎えに来てくれた父を、今度は私が送り届ける番。
「結局、娘の家で飲むのが一番気安くて楽しいのよ。どんなに酔っぱらっても、歩いて二分で帰れるし。ゆかり居酒屋から帰ってくる夜はいつも絶好調よ。喋りっ放しで、お風呂の中でもゴキゲンで歌ってるわ。こんな近くにタダ酒が存分に飲める場所があるなんて本当に有り難い。ゆかり居酒屋の夜は、ママも一人伸び伸びできて助かるわ」時折実家に寄り、母にもケーキを差し入れると、母も気分上々だ。母にも息抜きは必要。
ゆかり居酒屋は父にとって最も近い行きつけの店。父は我が店の唯一の常連客だ。代金はいつもスマイル0円。父がいつまでも元気で若々しく明るい笑顔を見せてくれれば、それが何よりもの『お代』。父が飲酒できる健康体でいる限り、ゆかり居酒屋は開店する。「ピンポーン!」十七時にチャイムが鳴れば、今宵も美人若女将は笑顔で出迎える。
「いらっしゃい、パパ!」