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準グランプリ

3名様:JCB ギフトカード5万円分

初めての手料理

ひよこちゃん さん

「お義母さんは座っててください。私がやりますから」
そんな気の利いたセリフがさらりと言える嫁に憧れていた。しかし現実はなかなかうまくいかない。何故なら、そこは私の家ではなく、夫の実家だからだ。台所はあくまでも義母の聖域。私がズカズカ入っていい場所ではない。勇気を出して入ったところで、「茶漉しはどこにあったっけ?」「冷蔵庫は勝手に開けていいのかな?」と戸惑うことばかり。結局、足手まといにしかならないのだ。

状況は何年経っても変わらなかった。いつまで経っても私は『お客さん』であり、もてなされる側だった。こうなってくると、申し訳なさと共に居心地の悪さが取れなくなってくる。

実は結婚して間もない頃、1ヶ月だけ同居したことがある。夫は転勤族なので、引越しを繰り返していたのだが、1ヶ月という短期間だけ、実家近くの職場に配属されたのだ。「1ヶ月だけだから」と、軽い気持ちで実家にお世話になることにし、義両親も快く迎えてくれた。
しかし1ヶ月は想像以上に長く感じられた。

専業主婦の私は一日の大半を義両親と3人で過ごすのだが、毎日一緒にいると特に話すこともなくなってくる。時間の進み方がとてつもなく遅く感じられた。家事のやり方だって違いがある。私はズボラなので適当に済ませたいのだが、義父はホコリひとつ見逃さず、徹底的に掃除をする。起きる時間も、寝る時間も、食事の質も量も、室内の気温も、テレビのチャンネルも。何もかも思い通りにならないことがだんだんストレスになってきた。

今思うと、これはそれぞれの生活スタイルが違ったというだけの話で、誰も悪くはないのだ。義父も義母も穏やかでとてもいい人だし、私もそれほど鬼嫁ではない(と思う)。

ただ単に生活スタイルが違うというだけで、こんなにも息苦しくなってしまう。きっとそれは、義両親も同じだったと思う。いつもは夫婦2人で気ままに過ごしていたのに、嫁が居るというだけで、どれだけ気を遣わせてしまったことだろう。

「それでも1ヶ月の我慢だ…」
おそらくお互いがそう思いながら、この1ヶ月を乗り切った。義両親には迷惑をかけてしまったと、今更ながらに思う。

そんな同居生活を経験し、私達夫婦はまた転勤生活に戻った。県外に行くこともあり、実家を訪れることは少なくなっていった。夫は、口には出さないが、やはり年老いた両親のことが気がかりのようだった。いつかは転勤を断って、同居する日が必ずやってくるだろう。しかし、同居の息苦しさは経験済み。出来ればこのまま夫婦2人で暮らしたい。いやいや、そうは言っても両親に何かあったら心配だ……。一人っ子の夫がそう思うのは当然のことだった。

実家近くにマンションが建てられるというチラシを見たのは、そんな頃だった。マンション暮らしは憧れではあるけれど無縁の話だ。なんと言っても、私達にはいずれ住むことになる実家がある。しかし、その時の夫は、いつになく真剣にチラシを見ていた。「モデルルームを見に行ってみないか」という夫のつぶやきに誘われて、私達は面白半分でモデルルームを見にいった。

そこから先は、自分達でも驚くほどトントン拍子に話が進んでいった。実家近くにマンションを買うなど、当然反対されると思っていたのに、義両親が賛成してくれたのも驚きだった。1ヶ月の同居生活を経て、義両親にも思うところがあったのかもしれない。

新しいマンションは駅に近いので、利便性にも優れていた。多少離れた場所に転勤することになっても、ここからなら通えそうだ。今までのように点々と賃貸アパートを探す必要はなくなった。義父は家庭菜園で穫れた野菜を持って、ふらりとマンションに来てくれる。土日になると、私達の方から実家に遊びに行く回数も増えた。泊まりになることはないので、お互い身構える必要もない。

「お義母さんは座っててください。私がやりますから」
そんなセリフをさらりと言って、台所に立つ。何故ならここは私の台所だからだ。義両親を招いて手料理を振る舞えたとき、私は本当に嬉しかった。
親と子に限らず、友達だってちょうど良い距離感というものがある。毎日会いたい人もいれば、月に1回会うのが心地よい関係もある。私達家族は、やっとちょうどよい距離感を見つけた気がした。

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